派遣留学生からのレポート

インドネシア・バンドン工科大学a

学校の詳細
最終更新日:2016年6月 5日
工学部デザイン学科
バンドン工科大学
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派遣留学プログラム月間報告書
(報告期間:2016/ 5/ 4 ~ 5/18 )

コチラ(pdf)

派遣留学プログラム月間報告書
(報告期間:2016/ 4/ 5 ~ 5/3 )

コチラ(pdf)


派遣留学プログラム月間報告書
(報告期間:2016/ 3/ 2 ~ 4/4 )

1. 勉学の状況

 今月は中旬頃に中間テストと呼ばれる期間があり、私のとっている授業のほとんどはレポートの提出など、テストの代わりに課題を課されるものが多かったです。大学院のセメスター2ということもあり、来年の修論を見据えてなのか、論文の書式形式に合わせて何かテーマに対して述べるというものが3種類ぐらいあり、日本語でも文章力のない私にはかなり辛い課題でした。6つ授業を取っていますが、このセメスターの中で実際に少しでも自分で何かデザインするという課題のある授業は2つしかありません。また、私の所属しているMaster in Designには、建築、情報系などデザイン以外の勉強を学部でしていた人も多くおり、デザイン専攻だった人でも、千葉大にはないファッションやテキスタイルの学生も多くいます。千葉大とITBで「デザイン」といってもかなり違うんだということを実感しています。個人の課題でも、wordで文章を並べている人もいれば、photoshopなどで挿絵だらけにする人もおり、いわゆる「この方法がここの正攻法」というのがなくて、一緒に学んでいて面白いと思います。

2. 生活の状況

 3月は留学始まってから今までで一番多くの日本人と会った気がします。ITBのデザインの学生と日本の大学の学生が一緒にワークショップをしているところを見学させてもらったり、千葉大の友人たちとバリで合流して卒業旅行をしたりしました。インドネシアの友達と話すことも楽しいし新たな発見がいっぱいあって面白いのですが、日本人と話していると言葉の壁がないのもありますが共感できるところが多くて話していて楽だと感じました。自分はやっぱり日本人だと感じました。また、先月はジャカルタで働いている社会人のことを書きましたが、今回は日本人とインドネシア人の学生同士の関わり方をたくさん見て、双方のことが少しはわかる分、自分はどういう風にそれぞれと関わっていけば、双方のストレスが軽くなり、スムーズにコミュニケーションが取れるのかということを考えたりしました。日本語を英語にうまくできないから助けて欲しいと言われ、何を伝えたいのか聞くと、とても抽象的なことや自分の中でも言葉がまとまっていない内容を伝えられ、固まりきっていないがゆえに、インドネシア語も英語もうまく言えなくて苦労しました。何となくの意見でも表現の豊かさから伝えやすいのが日本語の特徴の一つであるなと感じました。逆にインドネシア人の友人たちは日本人の中に包括的な意見を言う人間が少なかったため、今何をしているのか、どういう方向にチームが向かっているのかわからず、また自分たちが言ったことも伝わっているか反応が薄くわかりにくく困っていると言っていました。インドネシア人には人前で怒る習慣がなく、「何となく」グループワークが進んでいくことが日常茶飯事なのですが、逆に日本人は誰かがリーダーという肩書きがないと、その「何となく」の流れさえも生み出せないのだということを感じました。客観的に日本人とインドネシア人を見ることで、双方の特徴がよくわかり、勉強になりました。


派遣留学プログラム月間報告書

(報告期間:2016/ 2/ 6 ~ 3/1 )

1.勉学の状況

 2月は特に大きなテストなどもなく、授業を受けたり、小さな課題をこなしたりしていました。インドネシア語はまだまだですが、授業の中で具体例や写真などを用いた内容であれば英語抜きでも大筋はわかるようになりました。まだ抽象度の高い話は英語がないと難しいのですが、後2ヶ月でどこまでできるようになるか、頑張ろうと思います。授業の内容自体も興味深いものが多く、私にしては珍しく、座学も面白いなあと感じています。70人ぐらい生徒がいる授業もあるのですが、私以外はみんなインドネシア人なのでよく「これは日本だとどう?」とか「日本語だとどういうの?」みたいな質問が先生から飛んできます。このおかげもあり(?)、いつも集中して必死に聞いています。

2.生活の状況

 2月は時間も余裕があったので、インドネシア人の子たちとたわいもない話をしたり、ぼーっと1人考え事をしたり、ゆっくりと時が流れていった感じがします。その中で、日本に留学したいと考えている知り合いたちが、金銭面や大学の枠の問題など様々な理由でストレートには行けず、1年間日本語を勉強しながらバンドンで働いて、再度大学に申し込んだり、奨学金を探したりしている人がたくさんいることを知りました。日本が愛され、そのために必死にインドネシアで頑張っている子達を見ていると、日本人として、彼らのような優秀な人材を受け入れてあげられない日本を申し訳なく思うとともに、私ももっとインドネシアを知ろうと思うのでした。

 またその一方で、ジャカルタで駐在員として働いている日本人の方々ともお会いし、ご飯をご馳走してもらいました。日本の大きな会社からある程度のクラスの人たちがやってきているため、高級なビルが建ち並ぶオフィス街で働き、車(ドライバー付き)、家支給で、給料も日本の管理職レベルの金額にプラス駐在用の手当てもかなりつき、とても裕福な暮らしをしていることが分かりました。ほとんどの駐在員さんは綺麗なレストランで食事をし、ローカルのインドネシア料理はほとんど食べないことや、ジャカルタにはかなりの日本人がいるので日本人同士のコミュニティーが確立し、やろうと思えば日本のような暮らしがいくらでもできることを知りました。

 私の気持ち的にはもう自分は半分インドネシア人だと思っているので、日本に行くインドネシア人の気持ちもインドネシアに来た日本人のどちらの気持ちもよくわかります。しかし、やはりどうしても先進国である日本と途上国であるインドネシアの間に、意識の中に大きな差が存在していることを感じます。インドネシア人の子によくインドネシアと日本の例を出して、インドネシアはおっかないよね、日本に行きたい、と話されます。日本人もさすがにローカルの屋台には行けないと話します。そう考えると、インドネシアの庶民の暮らしを理解し、そこに真剣に向き合っている人はどれぐらいいるでしょうか?実際に住んでいる日本人、インドネシア人でさえも目をつむっているこの状態こそインドネシアの発展を妨げる大きな問題だと思っています。

派遣留学プログラム月間報告書
(報告期間:2016/ 1/ 6 ~ 2/ 5 )

1. 勉学の状況

 1月18日から新しいセメスターの授業が始まりました。前のセメスターでは学部、マスターの授業を両方取っていましたが、前回受けてみた感じ、マスターの授業の方がやはり内容的にも教授的にもレベルが高く興味深い印象だったので、今回はすべての授業をマスターから取ることにしました。まだ確定ではないのですがおそらく5つか6つの授業を取ることになりそうです。前半と同じぐらいの授業量ですが、講義や課題の内容の難しさや周りの友人たちの意識の高さに、いいストレスを感じながら授業に取り組めています。教授たちに頼めば少し英語を混ぜて講義してくれ、そのスタイルの授業に付き合ってくれる学生のみんなにとてもありがたいと感じています。講義自体は実は4月末で終わってしまう予定で、実質教授たちから講義を受けられるのはあと3か月しかないので、悔いのないようにやれることは全部やって頑張ろうと思います。

2. 生活の状況

 2つほど報告したいことがあります。

 1つ目は2月3日、やっとstudent visaが取れました。8月20日にこちらに来て、来た時は日本で2か月+毎月延長1か月×4回まで(合計6か月滞在可能)というビザでここに滞在しており、初めから一年間のstudent visaに切り替える予定でしたが、さすがインドネシア(?)、結局約5か月半かかりました。初めのビザは毎月の更新のために毎回3回(初めは4回)バンドンの移民局に行き、一ヶ月分の更新につき3500円ほど取られました。まずITB側がなぜか半年ずつしかAcceptance Letterを出してくれないので私の留学担当の先生にお願いしてもらって後半分も含まれたものを受け取るまでが1か月半かかり、書類をまとめてITBの留学生課に出したのが10月上旬、そこから留学生課の職員さんがそれをジャカルタに持って行き、私の手元に新しい書類が届いたのが12月末(この間何度も不安で留学生課に尋ねに行く)、その後バンドンの移民局に2回行き、ジャカルタの移民局に2回行き(片道3時間以上かかるのでかなり面倒)、最後にバンドンの移民局に3回行き、やっと終わりました。Student visaで18,000円ぐらいだったので、最初のビザの3回の延長を含めると、こちらで約30,000円という費用と、果てしない時間をビザの為に費やしました。どこの国へ行った留学生よりもビザが面倒だという自信があります。インドネシア留学を考えている人は腹をくくったほうがいいです・・・

 2つ目は後半セメスターが始まる前あたりから、やっぱりITBでも学位が欲しいと思うようになりました。ITBのデザインの学部で未だダブルディグリーを達成した人はいないらしいのですが、ここで勉強している日本人がいたことや、その日本人がどんなことをここでしていたのかを分かりやすくITBに残したいと思い、それなら学位をとるのが一番だと考え始めました。まだ全然現実的ではないのですが、千葉大、ITB側両方の先生に相談しながら進めています。


派遣留学プログラム月間報告書
(報告期間:2015/ 12/ 4 ~ 1/ 5 )

1. 勉学の状況

 12月に入ってからは講義はもうなく、セメスター末の最終課題を提出するため、コツコツと家で作業していることが多かったです。授業によって、講義で学んだことからレポートを書くものもあれば、実際に原寸大の試作品を作ってプレゼンスライドにまとめるものなど、形式は様々でしたが、これでもかというぐらいに課題が出されたので、結構忙しかったです。グループワークの課題ではカフェで友人と昼から夜の九時に店が閉まるまでグラフィックを分担して作り、帰宅後LINEで連絡を取りながら朝までかけて3Dのレンダリングをしたりもしました。このセメスターで一番課題が多かった時期だと思います。ただ、最終的に提出したものに関しては先生や学生の前でプレゼンテーションしたもの以外、講評をもらう機会がなかったため、"やりっぱなし"という印象も少しありました。授業まとめのようなレポートは別にいいのですが、最終的に何か自分でデザインしたものに関しては、何かコメントをもらいたかったし、自分から先生に聞いてみるなりすればよかったかなと思っています。

2. 生活の状況

 最後の課題の締め切りが12月23日で、それが終わった翌々日から1人でジャワ島を旅し、1月5日の朝にバンドンに帰りました。理由は、現在student visaの取得の関係でパスポートを移民局に預けてしまっているため、国外に旅行に行くのは難しく、さらに周りの友人たちはほとんどそれぞれの地元に帰省してしまったため、このままバンドンでのんびりしていてもせっかくの休みもったいないと思ったからです。また最近バンドンでの居心地がとても良くなってきて、インドネシア語も英語も決まったことさえ言えれば暮らすのに不自由がなくなってだらけてしまっていたので、気合を入れ直す理由もあります。バスや電車を駆使して、バンドンからボゴール、ジャカルタ、スマラン、スラバヤ、プロボリンゴ、ソロの順番でそれぞれ1~2泊しながらジャワ島を一周してバンドンに帰る日程です。30Lのバックパックと小さいサブバックで出かけました。この旅の中でたくさんの人に出会い、たくさんのことを知りました。バンドン以外の街はものすごく暑くて頻繁に休憩するためそれほど観光できなかったり、夜行バスで朝目的地に着いた後寝ぼけていて宿までのバイクタクシーを若干ぼったくられたり、いろいろしました。日本人女性というだけでいろいろ親切にしてくれる人、英語を使っているとぼったくろうとしてきた人、簡単な会話も訛りが強すぎて何を言っているのかわからない人、ジャカルタからバリまでなぜかバスで移動しているパプア人のグループ、たくさんのインドネシア人に出会いました。インドネシア人だけではなく日本人を含めた外国人バックパッカーもたくさん出会い、仲良くなりました。土地によって人も食べ物も建物も言葉も、すべてのことが大きく違うことを実感しています。インドネシアという国を良く知る上でとても有意義な旅になりました。

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ボゴール 植物園で巨大な木を見る。街の中にもこういう古い木がそのまま残っていた。

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ジャカルタ 電化製品系のモールのフードコート。人も食べ物も中華系が多い。豚肉もあった。

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スマラン Lawang Sewuというオランダの会社が昔建てた建物。近代歴史的なものが多かった。

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スラバヤ 有名な像の前で記念撮影するたくさんの人達。写真を撮って儲ける人もちらほらいた。

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ブロモ山サンライズ 国内外から多くの観光客が訪れる。ポイント付近は馬と人でいっぱい。

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ソロ 市内には古くの王朝の名残が感じられる建物が多くある。人力のベチャがたくさんいた。


派遣留学プログラム月間報告書
(報告期間:2015/ 11/ 5 ~ 12/ 3 )


1. 勉学の状況

 11月に入ると授業もグループワークなどのプレゼンテーションが多くなりました。今までは先生の授業を聞くことがメインでしたが、学生たちが話していることを聞くようになって、今まで以上にインドネシア語が分からなくて苦労しました。先生の講義であれば、スライドや配布プリントなどから意味を推測できるので助かるのですが、グループによってはよく分からないスライドで早口なインドネシア語を話すようなプレゼンもあり、理解することが難しかったです。またグループワークでもグループの人数が多ければ多いほど自然とインドネシア語での議論が多くなり、ついていくのに必死でなかなか発言できないという状況によくなってしまいます。難しい点も多いですが、少しずつ積極的なグループワークができるように頑張ろうと思います。現状の打開策としては、事前に他の人よりもリサーチしたりアイディアを考えたりして、話し終わった後もノートを見返してどういう風にこれから進めていけばいいのか、など考えるようにしています。

2. 生活の状況

 11月の中旬頃に開かれた「Study in Japan」という、インドネシアの学生で日本留学を考えている人向けに行われたイベントに、千葉大学のお手伝いとして参加しました。このイベントでは大学ごとに小さなブースが設けられ、覗きに来てくれた参加者に大学の説明をするというものです。ジャカルタで行われたものに参加したのですが、来場者数が4000人を超える盛況振りで私自身、インドネシアにこんなにも日本留学を考えている人がいるのか、と驚きました。また高校生や大学生ですでに日本語を上手に話せる子たちにもたくさん会い、私もインドネシア語をもっと頑張らないといけないなと感化されました。

 このイベント以外でもインドネシアで生きていると、日本人というだけで喜んでもらえるシーンは多いです。Itbのinternational dayという留学生によるイベントでは、浴衣を着て日本ブースに立っているだけで、来場したインドネシアの人に写真をお願いされ、1日でおそらく50枚以上の写真に写りました。日常生活でも、日本語を勉強している人も多いので、友達から「これは日本語でなんていうの?」と聞かれることも多いです。日本のことを好きでいてもらえて、とても嬉しく思っています。一方で、知らない人に日本人の友達が欲しいと言われて電話番号を伝えてしまったところ、頻繁に「妻になってください」「もう一度会いたい」などのメッセージが届くようになってブロックしたり、友達にも髪を触ってきたりものすごく寄って座ってくるような子もいたりしてできるだけ避けるようにしたりなど、面倒な面も多いです。インドネシアでは留学生という扱いではなく、日本人として見られていることとうまく付き合っていかなければいけないといつも考えさせられます。

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Study in japan Fair 開会式の様子


派遣留学プログラム月間報告書
(報告期間:2015/ 9/ 30 ~ 11/ 4 )

1. 勉学の状況

 10月の中旬頃にUTS(中間テスト)といわれる期間がありました。千葉大での学部時代は専攻がデザインということもあり筆記のテストは多くなかったのですが、こちらではデザインの授業でもペーパーのテストがあることが普通なようで、久しぶりにテスト勉強をし、普段使わないシャープペンシルを買い、テストに臨みました。結果は返ってこないので成績が出るまで分かりませんが、勉強そのものへの苦手意識がものすごく強いので、いい訓練になったと思います。

 あとはアートの専攻の友人に誘ってもらい、インドネシアの伝統染物のバティックを作るクラスを聴講しはじめました。途中からの参加のため単位は出ませんが、cantingと呼ばれる方法で溶かしたロウで線を描いたり、布に色を入れたりととても楽しい経験をさせてもらっています。デザインの授業は理論的に考えたりする内容のものが今は多いため、感覚でできるバティックはいい息抜きになっています。

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授業で行ったbatik Komorというところで見たプロのcantingの様子

2. 生活の状況

 もうかなりこちらの食事にも慣れて、屋台でも食べ物を買えるようになりました。全くと言っていいほど自炊をしないので、毎日の食費が安く抑えられる屋台や小さいカンティーンによく行き、普段は100円前後で一食をまかなっています。友人たちとも適度な距離を保てるようになり、最初の頃は日本人というだけで時の人になっていましたが、もうだいぶ落ち着いたこともあって、おだやかに学校で暮らせるようになりました。

 週末にはすこし遠出をすることも増えました。10月中では、中旬頃にバスやアンコット(乗り合いバスのようなもの)を乗り継いでjatinangorという街にあるpadjadjaran大学の日本語学科のお祭りに行きました。コスプレをした学生たちがたくさんおり、和太鼓の演奏や日本のアイドルのカバーなどの舞台もありました。何よりもたくさんのインドネシアの人たちが日本好きで日本語を勉強したり日本の伝統やpop-cultureについてたくさん知っていたりして、とても嬉しかったです。月末には友人たちと車でLembangというBandungの隣町に行きました。自然や伝統がたくさん残っているため、インドネシア国内からの旅行者が多い場所です。小さな船の上でお店をしている水上マーケットや木の枝でできた家があるDusen Bambooという場所に行きました。夜は床に座って食べ物も床に並べる伝統的なスタイルのレストランに行き、初めてスプーンなどを使わず右手だけを使って、ご飯や魚などを食べました。留学して2ヶ月以上たって、普通の旅行者では衛生的にできないようなことも楽しめるようになり、少しずつインドネシアに馴染んできています。

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日本語学科のお祭りでのアイドルグループの舞台

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水上マーケット

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Dusen Bambooの枝に覆われた家


派遣留学プログラム月間報告書

(報告期間:2015 / 8 / 30 ~ 9 / 29 )

1.勉学の状況

 こんにちは。授業が始まって一ヶ月が過ぎました。私は修士1年としてこちらで勉強していますが、担当の先生と相談した結果、学部の授業も取ることにしました。
 学部の授業では、Environmental Product Design, Product Design & Lifestyle, Product Design, Artifact Product Designの4つ、修士の授業ではRevitalization of Traditional, Design Theory1の2つを今履修しています。学部の方の授業は3年生といつも一緒に受けていて、実際にスケッチを描いたり、グループでリサーチに行ったりなど、実践的なことが多いです。Itbからバスで1時間程度の靴の工場に見学にいったりしました。映像や写真とは違い、匂いや気温、湿気なども感じることができ、とても貴重な体験になりました。それとは対照的に修士の授業は、理論的なことをベースとして進んでいます。もともとデザインが専攻でない他の大学からきた学生も多いので、今はデザインとはこういうものだという概念について、先生が話をし、学生が質問をするというスタイルがメインになっています。学部、修士共に授業内で先生は基本的にインドネシア語を話すため、なかなか授業内容を完璧に理解することは難しいですが、配布物やスライドに英語を混ぜてもらったり、参考になりそうな本を貸していただいたりしてサポートしてもらっています。

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靴工場の様子

2.生活の状況

 到着して一ヶ月ぐらいが経って、ある程度よく関わる友人が固まってきました。みんな優しくて本当に感謝しているのですが、優しさのあまり少ししつこすぎるような誘いを受けたり、SNSなどで頻繁に連絡をしてきたりする友人たちに少し疲れていました。なんでもやってみないと分からないと思って、できるだけ断らないように頑張っていましたが、時間にものすごくルーズなこと(一時間半外で一人で待ったのに全く悪びれもされなかったなど)、言葉が通じないこと(インドネシア語ばかりで周りが話す、簡単な英語も発音の違いで通じないなど)など、さまざまなストレスがかかるようになっていました。
 そんな時に、お腹を壊して、病院に行くほどではありませんでしたが、抵抗力が落ちたのか、お腹が治った後風邪をひき、計一週間程度部屋でほとんどの時間を過ごすことがありました。体調が悪くてのんびりしていたのですが、いつも周りにいる友人たちと距離を取り、客観的に今の生活のことを見直すいい時間になりました。今まではせっかくインドネシアにきたのだから、周りの生活にどんどん溶け込んで行こう、ここでしか学べないことをたくさん吸収しようという思いが強く、少し頑なになってしまっていました。どんなにあがいても残念ながら日本人であることには変わりないので、受け入れられないものには、ある程度拒否していくことも必要なんだということを体得しました。身体面でも精神面でも一度崩れたことでやっとインドネシアの生活に慣れてきたかなあ、と感じています。
 
 あとは、こちらのたくさんの日本人留学生と知り合うことができました。一人の正規留学生の方が食事会を開いてくださり、約20人の日本人と話すことができました。ほとんどが男性でしたが、久々に日本語でどんどん話せることがとても楽しく、日本人としてのここでの経験について情報を共有することで、生活が少し快適になりました。これからも少しずつ頑張っていこうと思います。

派遣留学プログラム月間報告書
(報告期間:2015 / 8 / 20 ~ 8 / 29 )

1.勉学の状況

 学校は先週から始まっていたのですが、私の留学担当の先生がどの授業に参加させるかを決めていなかったため、来週から参加することになりました。そのため、まだ専門の授業は受けられていません。ただインドネシア語の授業は受けられたのでそのことについて少し書きます。

 
 私のインドネシア語習得は主に二本柱になりそうです。一つはITBの留学生課の授業。ここには日本人を含めたくさんの留学生がいます。みんな好きに発音して先生にも好きなタイミングで話しかける。私はじっと座って話を聞いているのがものすごく苦手なので、とても楽しかったです。もう一つが友達に紹介してもらった先生とのレッスン。これは学校関係なく、プライベートなものです。この間初めて先生と会い、先生の家で私のインドネシア語のスキルがどれくらいなのかを知るために一時間程度話しました。先生はインドネシア人で普段は日本語の先生をしている方なので、私の場合は普段とは逆に教えるという形になります。まだ彼女の正式な授業は受けていませんが、先生がとてもフレンドリーで質問も気兼ねなくすることができそうで期待しています。

2.生活の状況

 まだ到着して1週間程度ですが、山ほど書きたいことがあります。その中でも、やはり今一番大変だと思っているのは言葉の壁です。なぜそんなにインドネシア語を勉強したいと思うのか、と勉学の方を読んで思われたかもしれませんが、本当にバンドンで英語は通じません。ITBの生徒や先生とは英語で話せますが、街中は9割以上の人が話せないように感じています。言葉が分からないと思っていた以上に孤独です。千葉でも一人暮らしをしていたので寂しいなんて感じないかなと思っていましたが、実際のところ外が暗くなって部屋で一人でぼーっとしていると寂しくて仕方なくなります。千葉にいるときは、研究室に行けば誰かいるし、友人と会うこともできるし、全然一人ではなかったことに気付きました。今までの自分のことを見直すいい機会になっています。インドネシアの友人たちとも仲良くやれていますが、早くインドネシア語をマスターして、友人たちとの距離をもっと縮め、街の知らない人とも会話できるようになりたいです。

 
 あとは細かいことですが、ご飯がなんでも安くて美味しいです。生きていてよかったと思います。まだ私は大きな腹痛は起こしていませんが、バンドンにいる周りの日本人の友人たちの半分が来てすぐに病院に行くことになったそうで、衛生面には気をつけつつも食事を楽しんでいます。アパートもバンドンで月2万円という圧倒的に高い家賃の部屋のためか、シャワーからはお湯が出るし、トイレに少しぐらい紙を流してもつまらないし、アパートの人が洗濯や掃除もしてくれるし、ものすごく快適です。千葉のアパートよりもグレードが高い感じがします。留学の半分ぐらいを過ごす空間なので、少しいいところにしてよかったと思っています。


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