派遣留学生からのレポート

トルコ・アクデニズ大学e

最終更新日:2015年8月 1日
氏名:加藤ゆかり
学部/研究科名:教育学部小学校教員養成課程社会科選修
学年:3年
派遣先大学名:トルコ アクデニズ大学
Mevlana Program

派遣留学月間報告書(2015年7月分)

コチラ(pdf)

派遣留学月間報告書(2015年6月分)

コチラ(pdf)


派遣留学月間報告書(2015年5月分)

1. 勉学の状況

・トルコ語

  語学において最も変化したことは、以前は英語で話しかけていた友人が最近は「トルコ語」で話しかけてくるようになったことです。最近は聞き取ることはだいぶ出来ていると思いますが、実際に会話をするとなると、相手の理解力に助けてもらっている部分もあります。しかし、旅行用会話だけでなく日常会話にまでこのような変化がみられたことは自分の中でも、大きな変化ではないかと感じています。単語を言うのではなく、文法を用いてきれいなトルコ語を話したいと思いますが、まだまだ難しいです。そのために、通学している語学学校だけでなく、東京外語大学がインターネットで配信している「トルコ語モジュール」というサイトを使用し、自学にも力を入れている状況です。来月までに、一定の会話は出来るようになるという目標を立て、頑張っていこうと思います。

・トルコの歴史

 先日、世界遺産である「トロイ遺跡」とローマ時代の遺跡が多く残る「エフェス」に旅行へ行きました。先月、カマンに旅行した時に、遺産を見に行く前には、その遺産について勉強していくと、理解度がかなり違うことを感じました。社会科選修に所属しているのですが、地理学専攻であったために、歴史については、恥ずかしながら最低限の事しか知りませんでした。なので、今回の旅行の前に日本から送ってもらった書籍と、家族に頼んで送ってもらった世界史教科書の画像を頼りに、勉強に取り組みました。勉強を始めると、今まではカタカナの羅列と感じていた「アレクサンドロス大王の進撃」や「オスマン朝の発展」がとても興味深く感じられていました。おそらく、現在トルコの地に住んでいるために、より親近感をもっているのだと思います。そして、実際に遺跡を見ている際にも、自分の知識と照らし合わせながらみるとやはり面白く、旅行自体がとても充実したものとなりました。まだ2か月近くトルコに住むので、この機会を生かして歴史や社会事象に対する勉強にも力を入れていきたいと考えています。

・最終テスト

 5月の末に、大学で受講していた授業の最終テストがありました。これは、「トルコの社会科教育について」の授業であり、自分の専門分野でもあります。しかし、トルコ語での授業であったので、理解することがなかなかに難しく毎回授業後に先生の下へ行き、授業で使用したデータをいただいていました。そして、寮で辞書を片手に翻訳しなんとか理解していたものです。当日のテストは、英語のものを先生が特別に用意してくださりました。内容は「トルコと日本の教育を比較した際の相違点」というものです。授業で学習した際の内容全般を問われるものでしたが、60分間、授業内容を英作文することは難しかったです。しかし、無事にテストを終え成績ももらうことが出来たので、安心しています。
 大学の授業が終わってしまい、少し寂しい気持ちではありますが、とても充実した時間が過ごせたように思います。この経験を将来活かしていきたいと考えます。

2.  生活の状況

・日本人が来たときのエピソード

 5月の最も印象的な出来事は、日本から10人ほど学生がアンタルヤを訪問しに来たことです。アクデニズ大学のフェスティバルに参加するためのもので、大学では日本の文化について紹介しました。3か月ぶりに友人やゼミの先輩・後輩に出会いとても嬉しく感じました。

 再会の時。私は日本人が見えたとき、友人に「ハグ」をしようとしてしまいました。トルコでは、道端などで友人に会った際には、ハグまたはキスをするのが挨拶として捉えられています。しかし、日本にはもちろんそのような文化はなく、普段スキンシップをとる場合でも握手をする程度です。しかし私は嬉しさのあまり、同学年の友人に「久しぶりーー!!」と言って近寄ったのです。友人は、言うまでもなくそのようなことを普段は行っていないので、一瞬「え???」といった顔をしました。その時に私は「あ!!」と思い、その後「ごめん!」と言って握手をしました。私も当初トルコで暮らし始めたとき、男性から挨拶のキスをされると、とても抵抗を感じていましたが、今では慣れてしまい日常的に行っています。自分では気が付いていませんでしたが、「これが文化の違いか...」ということを身に染みて感じた出来事でした。

 また、大学案内やトルコの友人と会ったときに英語・トルコ語を話している私をみて、友人が褒めてくれました。「いつのまにそんなに話せるようになったの?」と言ってくれたことが本当に嬉しかったです。もちろん、日本では英語、ましてトルコ語を話す機会は全くないので今までこのような姿を見せたことはなかったのですが、友人が褒めてくれたことは自分の中で大きな自信となりました。

 最後の夜は皆でスイカ割りを浜辺で行い、するめいかを食べながら海を見ました。日本の夏の風物詩をトルコで行えるなんて幸せだと感じたひとときでした。日本人が来た1週間の中で、自分の成長を少し客観的に見ることができました。

・日本食パーティー

 5月の下旬にアクデニズ大学留学中の日本人が集まり、日本食を作りトルコ人の友人にふるまう機会がありました。その日は、「キーマカレー」「肉団子スープ」「わらびもち」「お団子(あんこと黄粉)」を振る舞いました。日本に興味をもっている友人が来てくれたこともあり、全ての料理を「美味しい」と褒めてもらえました。普段私は寮に住んでいるので、自炊をする機会がありません。また、トルコ料理を食べているので、久しぶりに料理をしてトルコ料理以外を食べたことが本当に嬉しかったです。特に、日本料理のヘルシーな面に感動しました。油の使用量が圧倒的に少ないのです。普段寮母さんが料理をしている姿を見ていると、一度に1リットル以上の油を使用しています。それがトルコ料理の美味しさの秘訣であると思うのですが、同時にトルコ人の恰幅の良い体型の理由でもあると思います。日本食が恋しくなり、自分はやはり日本人であるのだな思った出来事でした。

・キプロス旅行

 5月28日から31日までの4日間、キプロス島へ旅行をしてきました。最終テストが終わったら、旅行をしたいと考えており、気候も暑すぎなく、ヨーロッパの観光客も夏休みシーズン直前であるので、そこまで多くないだろうと考え目的地を「キプロス」にしました。キプロス島までは、船で行く方法もありますが、一週間に数本しか出ておらず、またアンタルヤからの発着はないために少し高いですが(しかし往復1万円前後)飛行機を選択しました。

 北キプロスを2日間、南キプロスを2日間観光しましたが、本当に歴史的・文化的、全てにおいて興味深かったです。キプロス島は多くの国に支配され続けている国です。エジプト・ベネチア・ローマ・オスマン朝・イギリスといったように、地中海の中心という地理的好条件を要因としてこのような歴史を持っています。また、1974年にキプロスに住んでいるギリシャ系民族とトルコ系民族が紛争を起こし、1983年に北部地区が北キプロス・トルコ共和国として独立宣言をした背景があります。現在でも、北と南を横断する際は、パスポートが必要であり国境沿いには国連平和維持軍が常駐していました。

 北キプロスの印象は、「トルコの田舎」でした。高い建物は一切ありません。麦畑と山が国土の大半を占めています。表示は基本的にトルコ語で通貨もトルコリラが使用されていました。しかし、物価は高く水や食料といったものは普段の2~4倍の値段で販売されていました。また、交通網もあまり整備されていなく、タクシーかドルムシュ(乗合タクシーで、満員にならないと発車しないもの)が中心でした。そしてイギリス支配の歴史を持っていることもあり、多くの人が、英語を話すことが出来ます。これが、トルコとの一番の違いであると思いました。トルコ人には鉛筆(Pencil)という単語すら知らない人もいます。しかし、キプロスに住んでいる人々は私に対して、英語で話しかけてきてくれました。これも普段トルコに住んでいる私としては、考えさせられることでした。
北キプロスでは、「レフコーシャ」「ギルネ」「ガズィマウサ」の3都市を観光しました。この中で一番印象に残っているのは、「ギルネ」です。ここは、欧州人向けのリゾート地としても有名なのですが、キリスト教会とモスクが同時に見ることができます。なかでも「キレニア城」は街を守るためにビザンツ時代に建築された城で(現在は15世紀に改修されたもの)頂上に登ると、街全体を見渡すことが出来ます。また、中には博物館がありそれを一つ一つ丁寧にみると、時代の変遷を学習することができました。キプロスを支配する国が変化しても、「街を見守る」という役割を保ち続けているこの城の偉大さを感じました。また、キプロスには伝統手芸の文化があるということで、それに関連したお土産もたくさん販売されていました。

 私はホテルをニコシアの南側にとったため、日中は北側を観光しても、夜は南側へ移動しなければなりませんでした。国境沿いは24時間移動可能です。北側から南側へ初めて移動したとき、南側の警察官に対してトルコ語で話しかけました。すると「ここは南キプロスであるから、トルコ語は通用しない。英語かギリシア語で話せ」と言われました。たった100メートル歩いただけでこんなにもトルコ語が毛嫌いされるのかと思い、驚きを隠すことが出来ませんでした。また、トルコ人とギリシア人の紛争が未だに解決されていないことを実感しました。このことは通貨や街並み、標識にも表れていました。南側はすべて「ギリシア語」の標識。またユーロが使用され街並みも整然としており、清潔感があふれていました。人種もいきなり欧米になります。食事も豚肉がメニューの中に出てきて、イスラム教国でないことを実感させられました。

 南側の「ラルナカ」という街に行くために、ニコシアから少し離れた長距離バス用ターミナルに行った際、北側を見ると山の側面に描かれた北キプロスの国旗をはっきりとみることが出来ました。これを見たとき、北側の住民も自分たちの国(北キプロス)を誇りに思っていて、南側とは異なることを主張していることを感じ取れました。生活の中に見え隠れする紛争が解決していない証を、私は重い事実として受け入れました。

 南側の様子はトルコ・北キプロスとは異なる様子でした。しかし、欧州ともまた異なる景観で、まさに、トルコと欧州の間といった雰囲気でした。南キプロスの大きな特徴は、モスクよりもキリスト教会の数が増えることです。通りかかった教会でたまたま牧師さんがお祈りをささげていたので、一緒にそれを聞きました。日本にいたときに、キリスト教会に行った経験がなかったので、初めての経験だったのですが、とても落ち着いていて重厚な雰囲気が漂っていました。また、スーパーでは、日本食の品ぞろえが豊富だったのでトルコに帰った時に使用してみようと思い、数種類購入しました。日本のものと違うかどうかを比べてみようと思います。

 5月の出来事をいくつか抜粋して、書きましたがひとつひとつがとても良い思い出であり、勉強となっています。留学生活も折り返し地点となったので、またこれから多くことに挑戦していこうと思います!

アクデニズe2015.6.3-1.jpg 南からみた北キプロスの国旗

アクデニズe2015.6.3-2.jpg 南キプロス

北キプロス アクデニズe2015.6.3-3.jpg


派遣留学月間報告書(2015年4月分)

1、 勉学の状況について

① 4月前半の中間テスト期間

 4月の初旬は、大学の中間テスト期間であり、私も受講している授業で2種類テストを受けました。留学生ということに配慮して英語でのテストを特別に作成していただきました。1つは、トルコの教育システムについての授業のテストでした。授業がトルコ語であるので、授業内容は全て辞書を用いて英訳し、理解することに励みました。量も多く、かなり苦労をしました。しかし、寮の留学生には5つテストを受ける人もいたので、自分はひとつしかないのに弱音を吐いていられないと思い、一生懸命勉強をしました。

 実際のテストは制限時間30分で大問3問形式でした。授業で行った内容であったので解答することが出来ましたが、自分の母国語以外の言葉で文章を作成することの難しさを身に染みて感じました。

 2つ目のテストは、トルコ語の授業のものであり、とても易しい内容でした。日常会話の中で、すでにトルコ語を用いなければならない環境にいることも影響し、100点を取ることができました。

 2つのテストが行われた授業以外では、プレゼンテーションを行いました。テーマは「日本の教育」についてです。20分程度のものを作成し、授業内で説明をしました。プレゼンデータはトルコ語。説明は英語で行いました。基本的こと(例えば、6-3-3-4制について)から、現在日本が力を入れて取り組んでいる英語教育まで幅広く説明し、わかりやすく理解してもらえるように、画像や絵を多く取り入れました。自分も日本の教育システムを改めて学習することができ、とても良い機会となりました。

 テスト期間、寮では常にテストの話題で持ち切りでした。特に私と同じフロアには医学部の学生が多く、そのテストが非常に難しいために1か月前から皆勉強を行っていました。その期間、自習室に行くと常に誰かがいて、勉強していたことで自分も刺激を受けました。


② イスラム宗教について 

 私は、イスラム教の色の強い寮に住んでいることが影響し、宗教文化に触れる機会が多くあります。一日5回のナマズを行う姿を間近でみることもあります。ナマズとは、モスクのある方向に向かって、お祈りをすることを言います。今月は、Hz Muhammedという方のお誕生日月でした。その方をお祝いするために、寮全体をデコレーションして一か月間お祝いが行われました。フロアごとに飾り付けが異なるのですが、私の住むフロアでは、風船を天井からつるしたり、壁にコーランの言葉をたくさん書いたハートの紙をはりつけたりしました。Hz muhammedは、女性を大切にされた預言者であり、イスラム教の太陰暦で今年は4月20日が誕生日でした。そのため女子寮であるこの場所では特に重要人物として重んじられています。そのため当日には皆でケーキを食べてお祝いをしました。また、寮のお姉さんからはイスラム教に関する直筆の手紙をもらう機会もあり、宗教と生活がとても密着しているように感じる一か月でした。

 私は当初、イスラム教に関する行事は「ラマダン」しか知らなかったので、なぜ4月にお祝いをするのか、誰を、何を、お祝いしているのか全く分かりませんでした。このことを、インターネットを用いて検索しても日本のウェブサイトでは全く出てこないし、今でも正式な意味は正直わかっていません。多くの寮の友達や語学学校の先生に説明をしてもらい、やっと少し概要の理解をすることが出来ましたが、深いところまで理解するにはもう少し時間がかかりそうです。同時に、日本ではイスラム教に対する興味関心がまだ薄く、抵抗があることをインターネットで検索しているうちに強く感じました。トルコに来る以前は私も同様でしたが、この国で暮らしているうちに、いかに宗教が国の文化の根底となっているのかを強く実感するようになりました。残り数か月、イスラム教徒が99%の国に過ごすならば、もう少し学習しなければならないと感じました。

2、 生活について

① 寮の生活

 寮での生活はだいぶ慣れ、落ち着いてきました。前回も記述しましたが、日本人ということで、色々な人に話しかけてもらい、友人もたくさんできました。今月は、友人の誕生日会を行ったことがとても印象に残っています。同じフロアの友人20人ほどで大広間に集まり、お祝いに風船をたくさん用意し、パワーポイントでメッセージを流しました。音楽を流して踊ったり、写真を撮ったり、ケーキを食べ皆でカラオケもしました。私はトルコの音楽を知らないので歌うことは出来ませんでしたが、それにもかかわらずとても楽しい時間を過ごすことが出来ました。
 
② 旅行

 今月はアンタルヤだけでなくパムッカレやオリンポス、フェティエといった場所へ旅行をしました。初めて、長距離バスに乗る経験もし、バスは想像以上に快適であったので今後は積極的に活用していこうと思います。
パムッカレで印象的であったのは、世界遺産に登録されている有名な石灰棚です。とても迫力があり、実際にブルーのお湯に入浴することも出来ました。温泉の水位はあまり高くありませんでしたが、ひざの上までつかることは出来ました。トルコに来てから、お湯につかる機会がなかったので、久しぶりに日本のお風呂の感覚を思い出すことができました。また、ローマ時代の遺跡も数多く残されており、日帰りでしたが、十分に満喫できました。

 オリンポスは、私たちが住んでいるアンタルヤから約2時間弱の場所にある有名なリゾート地で、日本人大学生の皆で行きました。海がとてもきれいでトルコに来て初めて海に入りました。まだ季節が4月ということもあり、水温は冷たかったですが、気温が高く日差しが強かったために、とても気持ちよく泳ぐことが出来ました。近くには評判の「ギョズレメ」というトルコ料理のお店があるということだったので、そこで昼食をとりました。地元のおばあちゃんが手作りで料理をしてくれていることもあり、とてもおいしい料理をいただきました。この町の近くの山には、ヤナルタシュという絶えず岩の間から火を噴きだす石が存在するということだったので、見に行く計画をしていましたが、海を満喫しすぎたために訪問する時間がなくなってしまいました。次回、オリンポスを訪問する機会があれば、行きたいと思います。

 フェティエには大学で出会った友人の実家があるということで、3日間滞在させていただきました。アンタルヤから約200キロ離れた場所にある街で、とても海がきれいです。アンタルヤの海ももちろんきれいなのですが、今回友人には環境保護地域に連れて行ってもらい、一緒に海水浴をしました。欧州からバカンスに来ている人もいて、4月でしたが雰囲気は真夏のようでした。また、友人の友人の結婚式があったのでそこにも連れて行ってもらいました。トルコの結婚式ではひたすら踊り続けます。前夜祭と披露宴に参加したのですが、永遠に(総じて9時間)トルコ音楽が演奏され、その音楽に合わせて踊りたい人が踊っていました。また、大きな特徴として、披露宴の半ばに新郎新婦のドレスとタキシードにお金や金品を渡す儀式が存在しました。式に参加した人が長い列をつくり、プレゼントをする光景は、トルコ独自のものであるなと感じました。また、当初私は知り合いでない人物が結婚式に行って良いものなのかと疑問に思っていましたが、トルコではお祝いごとは盛大に行うと、縁起が良いと考えられているために、私のことも多くの人が歓迎してくれました。

③ トルコ人の友人との付き合い

 寮以外の友人とも今月は、多く交流しました。語学学校で知り合った友人には、何度かトルコ語の個人レッスンしてもらい、また反対に日本語を教えることもありました。また、大学で出会った24歳の院生にはトルコのバンドのライブに連れて行ってもらい、一緒に楽しむこともありました。またその友人は魚料理を作りごちそうしてくれました。トルコでは魚料理を口にする機会が少なかったので、とても感動しました。あじのような魚を塩焼きにしたもので、とてもおいしかったです。

 先日は語学学校で出会った小学生の友人の家に招待されて、トルコの家庭料理を食べる機会がありました。今回は、サラダとスープ、パンを最初に出していただき、その後に油で炒めたごはんと、トマトで味付けをした羊のお肉をごちそうしていただきました。日本人の口にも合い、とても食べやすいです。家を訪問すると、日本人が来たことを聞きつけ親戚の方が挨拶をしに来てくれました。これもトルコ流だなと一人感心していました。また、その家庭では野菜栽培を行っていて、たくさんの畑を見せてもらいました。トマトを丸かじりしましたが、とてもみずみずしくて甘く、おいしかったです。また道には、羊ややぎ、馬といった動物たちが歩いており、日本にはあまりない光景でした。アンタルヤの中心地から20分ほど離れた場所でしたが、まだまだ知らない場所が存在するのだなと思いました。

 留学生活が2か月を過ぎ、私はトルコ人の友達になるまでの垣根の低さを最近実感しています。これは、現地の友人も言っていたのですが、一度出会い同じ時を少しでも過ごせば、友達となるようです。この人間味あふれる国民性に救われて、私は多くの現地の人に貴重な体験をすでにたくさんさせてもらっています。しかし、やはり日本人とは感覚が異なる部分も存在することも同時に感じています。物事に対してルーズであったり、かと思えばとても人間関係に対して執着心が強かったりなど文章では簡単に表すことが出来ません。しかし、このように人間性というものを考える機会は日本で住んでいたころは考えたことがなかったので、とても良い機会であると感じています。来月は大学祭で日本の文化を紹介する機会もあるので、文化の違いについてさらに学習し来ようと考えます。


派遣留学月間報告書(2015年3月分)

1、勉学の状況

① 語学について

 語学においては、まだまだ勉強不足であると感じています。しかし、先月から通っている語学学校で週2回勉強していることに加え、友人が自主的に勉強会を開催してくれたり、また自分から勉強会を提案したりすることで、少しずつですが、単語量を増やしています。親切な友人はプリントを作成してくれて、それを利用して勉強しています。また自分でも学習したことを無駄にしないよう復習することを心がけています。それも影響してか、最近では最低限のことはトルコ語で話すことが出来るようになっていると思います。意識的に会話をするときも最初はトルコ語で話し、分からなくなってしまったら、英語にシフトするというスタイルをとることにより、会話は続かなくても、顔と名前を覚えてもらうことが出来るので、友人作りはうまくいっていると感じています。またこのような方法をとると、特に寮の友人は新しい単語を教えてくれるので、とても自分にとってプラスになっているのではないかと思います。

 自分の中では、あと2か月間で日常会話ができる程度の語学力をつけることを目標としているので、生活を楽しみながら勉強していこうと考えています。

② 大学の様子について

 大学での授業もだいぶリズムがつかめてきているように思います。トルコ人学生と同じ授業を受けているので難しいですが、日本で学習していた内容(私の場合は、社会科教育や歴史・地理など)と照らし合わせて授業内容を理解しています。

 授業で分からなかったことは、先生に質問したりデータをもらったりして、家に帰ってから辞書を使用しながら調べて理解に努めています。

 来月はプレゼンテーションと、中間テストがあるのでそれに備えて現在準備をしている最中です。

 また、学生が無料で食べることの出来る学食も正式に利用することが出来るようになりました。量も多く満足できるので学校のシステムを積極的に利用しています。

 図書館も小さいですが、個人スペースも存在しているので、空いている時間に行っています。

2、生活の状況

① 家について

 語学力向上とトルコ文化に触れたいという思いより、3月15日から大学の近くにある私立の寮に暮らしています。先月までは同行の日本人学生とともに暮らしていたこともあり、日本語を日常的にも使用していましたが、最近では英語・トルコ語で会話をすることがほとんどです。

 入寮にあたっては、私がイスラム教徒ではないということもあり、何度も規則を確認したことが、印象的でした。しかし、一日に5回お祈りをしなくてはならない。ストールをまかなければならない。といった宗教を強制するものではありませんでした。そして、はじめての日本人の入寮者であったこともあり、すぐに日本人がいることが寮内に知れ渡ったのか、多くの人が、「わからないことがあったら、相談してね」と温かい言葉をかけてくれました。

 寮は、トイレ・シャワールーム・勉強部屋・ジム・ラウンジが敷設されており、とても清潔です。一人一人が他人に迷惑をかけないように、ルールを守っているのでとても快適に過ごすことが出来ています。

 個人部屋は、4人部屋で構成されており、私はトルコ人・カザフスタン人・キルギス人の子と生活しています。空き部屋の関係で医学部と法学部のフロアの部屋になったこともあり、同フロアの子たちは、真面目な印象を持っています。もちろん会話もたくさんしますが、各々が個人的に何かやりたいことがあるときには、黙って自分のことをやる。といったメリハリのある生活を送ることが出来ています。

 寮は300人ほど住んでいるので、私は食堂で友人をつくり、自分で勉強してわからなかったことをその友人に聞く。または、覚えた単語を使ってみるといったことをしています。また、会話をすることで語学だけでなく、トルコ人の生活スタイルや考え方、文化を学ぶことが出来ています。トルコ人は本当におしゃべりなので、一度会話をすると1.2時間は何となくお茶を飲みながら話すといったこともざらですが、本当に有意義な時間を過ごしていると感じています。

② 友人関係について

 休日には、友人・知人にアンタルヤ近辺や自宅に招待してもらうといった経験をしています。

 日本に興味がある家庭に、日本人学生と訪問しご飯をごちそうになり、皆で折り紙を折ることもしました。自分自身折り紙を日常的に折る機会はあまりないので、貴重な経験となりました。留学期間中、再びこのような機会があると思うので、時間をみつけて折り紙の折り方を学ぼうかと考えています。

 また、メブラーナプログラムで、カザフスタンからきている女の子と、カレイチという旧市街をともに周り、おすすめのごはん屋さんで食事をとり、互いの国の文化・生活等について話すといったこともしました。

 また、複数の大学教授とも仲良くさせてもらっています。教育学部の技術関係の方と知り合う機会があり、自宅に招待させてもらう機会もありました。家庭料理をごちそうになった後、「DUDEN WATERFALLS」という中心地から少し離れた場所にある、滝を見に行きました。自然を感じられ、また英語が苦手であるが、ゆっくりとしたトルコ語または辞書を使いながら会話をしてくれる家族の温かさにふれ、とても良い機会となりました。これからもこの家庭にはお世話になると思います。

 農学部の教授とも仲良くなり、何度か部屋に足を運んでいます。この教授はアンタルヤに到着した翌日に、たまたま声をかけた人に紹介してもらい、出会いました。とても親切な方で、いつもコーヒーを飲みながらトルコの歴史や、教育法といった固い話から、雑談まで様々な話をしています。最後にいつも「次はいつ来るんだい?」と言ってもらえるので、適度に通って語学力を身に着けていこうと考えています。
このように寮の友人もそうですが、それ以外の場所でも友人を見つけることが出来ているので、とても有意義に生活することが出来ています。

③ 食事について

 入寮したことにより、日々の食事が寮の中で賄うことが出来るようになりました。寮の食事の評判は、トルコ人の友人に聞くと、あまりよくないのですが、私からするとすべてが新鮮で味も良いと感じられます。トルコの朝ごはんの定番である、「オリーブ・チーズ・トマト・はちみつ・パン・チャイ」といったものを友人と会話をしながら食べることが出来ています。夕飯もチキンや、揚げ物、パスタなど日によって様々なものが出てきます。

 先日、日本食を友人宅で作らせてもらい、寮の中でふるまう機会がありました。肉じゃが・焼き鳥・卵焼き・おにぎり・味噌汁を作ったのですが、おにぎりに関しては、全く手をつけてくれませんでした。このことは私にとっては想定外のことであり、とても驚きでした。トルコ人にとって米は炒めるものであり、そのまま食べてもおいしくないといわれてしまったので、日本人の私にとっては少しカルチャーショックでした。他の料理はそれなりに食べてくれましたが、感想がおいしいけど全て奇妙だといわれたのがとても印象的でした。

 以上のように、生活基盤がだいぶ固まってきていることにより、多くの経験がつめているように感じています。さらに生活を充実させるために、もう少し語学を勉強して友人と深い会話ができるように努めていこうと考えています。

派遣留学月間報告書(2015年2月分)

1. 勉学の状況

 私が、トルコに到着した週は、すでに授業の2週目が終わる時期であった。そのために、事前の学習内容を周囲の友人などに聞いて、内容が追い付くように工夫している。私は日本での試験との兼ね合いのためにこのような事態となってしまったが、可能であれば当たり前のこと、最初から授業に出ることが出来た方が良いと思う。

 私がとくに力を入れている授業は3つある。1つ目は、「社会科の教授学」についての授業だ。1コマ3時間ほどかけて行われるが、休憩も多いため、実質2時間程度の授業である。しかし、この授業はトルコ語で行われるために、授業についていくのがとても難しい。授業後に先生に質問したり、授業で仲良くなった友人にノートを添削してもらったりし、内容の理解に努めている。だが、トルコ人学生と同様の力が求められていることもあり、早く語学力を身に着けたいとこの授業を通して、感じる。

 2つ目は、「初級トルコ語」の授業である。これは、我々と同様のレベルの語学力をもつ、多くの留学生とともに受けている。基本的な挨拶「こんにちは」「さようなら」レベルからの指導がある。日本でトルコ語を学習していたため、とても簡単に思えるが、いざというときに使用するのが難しいと感じるために、やはり基礎は重要なのだということを最近実感している。また、この授業では友人もつくることができるので、とても刺激になる。

 3つ目は、「教育学」の授業である。ここでは、英語とトルコ語を混ぜて授業が行われている。そのために、理解するのも自分の取り組み次第で早さが変わると思われる。最近はトルコの教育システムについて学習しながら、日本の教育システムも紹介しており、両者の相違点を確認しながら行っている。意見の交換も積極的に行っているために、話すきっかけともなっている。

 だが、大学の全体構図の把握に今は精一杯というところが本音である。もう少ししたら、余裕をもって学習ができるようにしていこうと考えている。
 また、授業のない日は語学学校に通っている。そこではトルコ語とアラビア語の学習に努めている。週に2回ほど通っており、声を出すことをとても重要視されるので、すぐに身に付くと考えられる。「継続は力なり」という言葉を信じて、今後も通い続けようと考えている。

2. 生活の状況

 トルコに到着したのち、現地に滞在していた千葉大の先輩方に助けられながら、生活を安定させているところである。在留届の提出や、携帯電話の購入といった生活に必要不可欠なことを毎日少しずつ慣れない土地の中で行っている。トルコの国民性なのか、なかなか全体の仕事がゆっくりとしていることが難点である。一日にひとつ物事が終われば良い状況であるために、それがとてももどかしいのも事実である。しかし、同時に市民の方はとても優しく、分からないことがあった時に尋ねれば、すぐに教えてくれるしすぐに友達にもなってくれる。いい意味でおせっかいなこの国の人たちにとても助けられている事実もある。

 現在、日本人の友人の家にすんでいるが、外国人と一緒に住みたいという私の願望のもと新しい家を探している状況にある。たくさんの人に尋ねているが、なかなか難しいために心が折れそうな時もあるが、人に尋ねれば、答えてくれるので私も続けて探していこうと思っている。

 観光も現地の方と一緒にした。「カレイチ」という旧市街を一緒に回ったのだが、歴史について説明してくれながら回ったので、とても勉強になった。現地の友人は可能な限り多く作りたいと感じた。また、ひとりでバスを利用して市内を回ったりと土地感をみにつけようとしている。おいしそうな飲食店があったら中に入り、おじさんと会話しながら食事をすることもある。そのようなことをするのもなかなかに楽しい。

 これからは、もっと現地の人と関わって、語学力の向上と土地感を身に着けることを目標としていきたいと感じている。


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