派遣留学生からのレポート

トルコ・アクデニズ大学a

学校の詳細
最終更新日:2015年7月 6日
氏名:大塚優里
千葉大学人文社会科学研究科・公共研究専攻
学年:修士2年
派遣先大学名:アクデニズ大学


派遣留学月間報告書(2015年 6月分)


1. 勉学の状況

 大学の授業は終了し、夏休みに入りました。

・トルコ語

 トルコ語ですが、今月はあまり勉強に力を入れていませんでした。生活が落ち着かなかったこともありますが、やはり留学当初とは違い、余裕があるということが原因だと思います。

 しかし、先日友人と電話で話している時に、「最近トルコ語をちゃんと勉強しているの?」と聞かれてしまいました。友人曰く「退化しているわけではないが、進歩が見られない」、新しい単語をあまり習得していないこと、文法上のミス等からこう言ったそうです。電話越しに話しているだけなのに気づかれてしまったこと、トルコ語を上達させるために来たのにこのような指摘を受けてしまったことにショックを受け、恥ずかしく思い、そして我に返ったような気持ちになりました。帰国まで1か月を切りましたが、最後にもう一度初心に返って頑張りたいと思います。

2.生活の状況

 非常に慌ただしい1か月でした。

 ・イカメット問題

  留学開始直後からイカメット(居住許可証)取得については様々な問題に直面し、頭を悩ませてきました。警察や留学生オフィスがイカメット取得についての情報を把握しておらず、何度も警察に出向くことになったり、イカメットの有効期限が切れてからカードが届き、罰金を支払うことになったりといったことです。しかし、今月はイカメット問題の最終章とも言える問題に直面し、留学生一同力を合わせて問題解決に取り組みました。

 3月上旬にイカメットを更新し、その有効期限は6/30までとなっていました。しかし、以前も報告したように、10月、3月共にイカメットを取得した際、手続きにかなりの時間を要しました。そのため4月頃からたびたび留学生オフィスに行き、いつから手続きをするべきなのか、何が必要なのかを頻繁に聞きに行っていました。いつもイカメットを取得する時は留学生オフィスから必要な書類をもらって記入して警察に行っていたので、今回も同じようにするのだと認識していました。オフィスの人は「6月に入ったらオフィスに来るように。」としか言いませんでした。そして指定された日にオフィスに行き、必要な手続きについて聞き、書類をもらいました。その時はいつものように手続きをすればイカメットの延長ができると考えていました。

 しかし実は5/18付で外国人のイカメット取得に関する法律が改正され、今までとは同じ手続きができないようになっていたのです。今までは何枚かの書類を記入し、海外旅行保険のコピーと写真、在学証明書を持っていけば手続きができましたが、今回警察に確認したところ、学生ビザを取得するにはSGKというトルコの社会保険(1年単位でしか加入できない・約700リラ)に加入しなければならないこと、観光ビザを取るとしてもトルコで銀行口座を開設しなければならないことを知りました。イカメットの期限は6月末で切れてしまうので、社会保険、銀行開設、どちらをするにしても、とても時間が足りないと考えました。また私達はあと2か月ほどしかトルコに滞在しないのに、1年単位からしか申し込みのできない社会保険に加入したくないとも考えました。それからは私達がそれぞれ何か方法はないかとあちこちに問い合わせ、情報収集をしました。

 留学生オフィスは全くといっていいほどイカメットに関する情報を持っていませんでした。法律が改正され、必要な手続きが変わったことも把握していなかったようです。そこで、日本大使館、イスタンブルの空港警察、アンタルヤで働く外国人のイカメット取得をサポートするオフィス等、様々な機関に事情を説明し、なんとか残りの期間トルコに滞在する方法はないのか問い合わせました。法律が改正されたばかりで、しかも日本とは違って新しいシステムが周知されていないため、多くの機関から「このような方法があるが、確証はないので注意が必要」というような返事をされました。どこに問い合わせてもこのような調子で私達の不安は募るばかりでした。どこにも頼れる場所がないという状況だったと思います。様々なところから情報を集め、最終的に2つの方法があるということがわかりました。1つ目は7/1~10(イカメットの期限が切れてから10日以内)の間に一度海外に出て再入国するというもの(かなり複雑な説明が必要ですので、ここでは割愛します)、2つ目は日本に帰国する際に空港で罰金120ドルを支払うというものでした。私達は1つ目の海外に出ることを選択し、トルコから船で30分のところにあるギリシア・メイス島に行きました。もしかしたらトルコに再入国できないかもしれないという不安、緊張がありましたが、出国・入国共に問題なくできました。今は日本に帰国する時に本当に何もないことを祈るばかりです...。

 留学生オフィスは何の手助けもしてくれませんでした。しかし友人やその家族が警察に電話してくれたり、車でオフィスに連れて行っていってくれたり、周囲の人の手助けもあってなんとか問題を解決することができたと考えています。また私達の問題解決能力も上がったかもしれないね、という話もしました。

 今回の件に関しては、留学生オフィスを信用せず、自分達でもっと早くに警察に行って情報を集めるなどをしていればここまで切羽詰った状況にはならなかったかもしれません。しかし留学生をサポートするはずのオフィスが問題解決に繋がる有効な対応をしてくれなかったことに対して強い憤りと疑問を感じました。何のためのオフィスなのか全くわけがわかりません。トルコのシステムがきちんとしていないことを考えると仕方がないと諦める他ないのですが、法律が改正されたこと、その内容を警察自体が把握できていないことにも呆れてしまいました。私達はもうすぐ留学を終え帰国しますが、これから先留学する学生が私達と同じ状況に陥らないように、今回の私達の経験を無駄にしないで欲しいと感じています。

・引っ越し

 帰国までの期間は短くなりましたが、引っ越しをしました。留学当初からホームステイしていた家から出ることになり、5月中旬に語学学校の先生の紹介で知り合った友人の家に引っ越しました。しかし彼女は熱心にイスラム教を信仰しており、私にもしばしば宗教に関する話をしてきました。「日本に帰っても豚肉を食べないように。」、「あなたもお祈りをすればいいことがあるよ。」というようなこと、政治観についても言われました。宗教、政治に関する話題はよく話題になることで慣れているつもりなのですが、やはり聞くのも話すのも難しい話題だと思います。また彼女は私生活にも問題を抱えており、たびたびそれを話してくるので、その家に住み続けることで精神的に疲れてしまいました。ルームメイトは決して悪い人ではなく、彼女の言動も私を心配してのものだったのですが...。勿論一緒に住ませてくれたことには本当に感謝しています。

 友人達に相談し引っ越し先を探していましたが、アクデニズ大学在学中で、現在は日本に留学している私の仲の良い友人の家でホームステイさせてもらえることになり、6月中旬に引っ越しました。ホームステイ先のお母さんは大学在学中にイギリスに1年間留学していたそうで、英語が堪能です。時々練習としてお互いに英語を話しています。また、留学中に感じた孤独、語学習得の難しさなど、留学の体験についてよく話し合っています。お母さんはとても勉強家で、尊敬できる方です。またイカメットの問題があった時も親身に相談に乗り、助けてくれました。よく2人でウォーキングに出かけたりもして、良くしてもらっています。本当にありがたいと思っています。短い期間ですが感謝の気持ちを忘れずに過ごしたいと思います。

 また3つの家庭で生活し2回の引っ越しを経験したことは、精神的に落ち着かない期間もあり大変ではありましたが、ごく普通のトルコ人の家庭、宗教色の濃い家庭、ヨーロッパに近い雰囲気の家庭と、様々な家庭の様子を見ることができたという点では、とても良い経験になったと思っています。


派遣留学月間報告書(2015年5月分)

1.勉学の状況

・授業

 後期の授業が終了しました。履修していた授業のコマ数は少なく、後期はどの授業もほとんど休講がありませんでした。しかし毎回の課題や議論に参加することに精一杯で、あっという間に終わってしまったなと感じています。以下、試験について書きます。

 まず、歴史の授業では前期と同様にプレゼンテーションが試験の代わりとなりました。この授業の主なテーマは「デモクラシー」でした。私は日本のデモクラシーの歴史についてプレゼンテーションを行いました。私以外の学生はスライドを作成して発表を行っていましたが、発表形式に指定はなく、自由で良いとのことだったので、私は作り慣れているレジュメを作成して発表を行いました。前期の発表が全く納得いかなかったので、後期はそれよりも良いものをと準備にかなり時間をかけました。レジュメを何回も作成し、それを複数の友人に確認してもらいました。

 トルコ語は私の書いたままでも意味は通るがより良い表現に直し、法律や事件名で英語からトルコ語に訳せなかったものは英語のできる友人に訳を手伝ってもらいました。こうして友人の助けを借り、何度も作り直してレジュメは完成しました。発表の準備をする時に「トルコ語は一番下手くそでも、内容は一番濃いものにしよう、議論ができるような発表にしよう」と何度も自分に言い聞かせていました。会話が問題なくできると言っても、読み書きはまだまだできません。本を読むにはかなりの時間を使いますし、書いた文章は話し言葉になってしまいます。しかし、しっかりと構成を考えて準備をすることで内容は濃くできると考えたのです。そして自分の発表したことについて、ほんの少しでも議論をしたいと思いました。発表当日は緊張しましたが、自分の伝えたいことをしっかり伝えることはできたと感じています。また質問も出て、日本の自衛隊や憲法について話し合うこともできました。大満足というわけではなく、課題も見つかりましたが、収穫のある発表になったと考えています。

 オスマン語の方も試験がありました。こちらはオスマン語の詩をラテン文字に翻字し翌週提出するというものでした。その詩は一度授業で扱われたものだったので、試験という感じがしませんでした。

・トルコ語

 「筋トレをする」、「工夫する」、「ちゃっかりしている」...知っていそうで意外と知らない単語を友人に教わっては、また新しい知識が増えたと密かに喜ぶ日々です。まだまだ、もっともっと成長させたいと思います。

2.生活の状況

 ・イスタンブル一人旅

 5/28から8日間、観光と研究のための史料探しを兼ねてイスタンブル一人旅をしています。

 イスタンブルは2年前にも訪れたことがあるのですが、当時はほとんど時間がなくゆっくりと見て回ることができませんでした。そのため今回は思う存分見て回ろう、トルコ語も話そうということで、とてもわくわくしていました。

 イスタンブルに来て、改めて良かったと思ったことがあります。それは現地の言葉が話せるということです。英語が話せれば観光するには全く困らないと思います。しかしトルコ語を話すことで、この街の新たな一面に触れられたような気がしました。例えば、道に迷ってたまたま道を聞こうと立ち寄った小さな商店で、宿泊しているドミトリーで、そのドミトリーのすぐ隣にあるホテルで、グランドバザールで、様々な人と出会い、おしゃべりを楽しんだりイスタンブルについて詳しく話を聞いたりすることができました。私は方向音痴なのでよく道に迷います。迷ったとしても地元の人に聞きながら行きたいところへ行くことができます。ドミトリーでは普通の観光地だけではなく、ここも見ておくと良いよと言うようにおすすめの場所を教えてもらいました。ドミトリーの隣のホテルを経営しているおじさんとは偶然道を聞いたことで知り合い、ドミトリーの近くということもあって、出かけた帰り際に立ち寄ってはチャイを飲みながらおしゃべりしたりしています。

 勿論、言葉がわかるからといって安全が保障されるというわけではありません。意思の疎通ができるということで、更に危険な状況を招きやすくなるというようにも考えています。一人旅ということで危機管理をしっかりとして旅を続けたいと思います。詳しい報告は来月の報告書でさせていただきたいと思います。


派遣留学月間報告書(2015年4月分)

1. 勉学の状況

・授業

  納得できないこと、わからないことが山ほどありつつもそれを消化することができず、非常にイライラの募った1か月でした。デモクラシーの歴史について扱った授業では、最近は1人1人が本や論文を読み、それに基づいてプレゼンテーションをするということをしていました。プレゼンテーションの内容に関しては、わからない単語や知識を除いて特に問題なく聞けていたのですが、その後の議論では疑問が疑問になっていくという感覚がありました。デモクラシーということでどうしても現代の政治とも関連した話になってきます。質問をしたいことは山ほどあるけれど、これは質問しても大丈夫なのか...と質問できなかったことがいくつもありました。例えば、トルコは政教分離というシステムを取っていますが、公立・私立に関係なく小学校では宗教の授業が週に2時間ほどあるそうです。また、豚肉の販売も基本的には禁止されており、特別に許可を取らないと販売できないそうです。これは政教分離と言えるのかどうか?個人的にかなり疑問に感じました。クラスメートのほとんどはトルコが政教分離をとっていることをとても誇らしげに話していました。なんだか複雑な気持ちです。

 オスマン語の授業は先月と変わらず課題でオスマン語の詩を読み、それを添削してもらい、少し講義をしてもらうという形式が続いています。一緒に授業を受けているドイツ人の学生はエジプトに留学していたことがあるそうで、アラビア語がわかります。オスマン語にはアラビア語の文法や単語も多いです。授業中彼は理解しているのに、私には全然わからないということがあり、とても悔しいと感じています。私もアラビア語の必要性を感じて細々と勉強していますが、まだまだ初級でとても使いものになりません。彼はトルコ語がわからないので、どんぐりの背比べという状況ではありますが...。「焦らない」という言葉を頭の片隅に置いて頑張ります。
 
・トルコ語

 政治、宗教、歴史...真面目な話について仲の良い友人と長時間議論することがよくあります。少し難しい単語、知らない単語があってもほかの単語に言い換えたり例えを使って説明したりすることで、あまり問題なくやり取りは成立します。それでも言いたいことがストレートに言えなかった時に、自分のトルコ語力がまだまだ弱いということ、自分が小さな子どもであるような気持ちにさせられます。誰も私を笑ったり馬鹿にしたりはしませんが、それでも悔しい気持ちになります。「これでは駄目だろう!」ということで、単語を調べ、それを定着させるために例文を作り、添削してもらう、今月は特にこの作業に力を入れていました。

 ただ、闇雲に調べても定着しないので自分の気になったニュースについてわかったことや、友人との会話から興味をもって調べたことをノートに日本語で書き留めておいて、その話題に関連する表現や言葉を、トルコ語ではなんと言うのかを調べて、例文を作るようにしています。輸出、輸入、農薬、時には汚職や賄賂、謝罪なども...辞書を引いて理解するのも、例文を作るのも段々難しくなっていますが、使える表現や単語が増えていくというのはとても嬉しいことです。

2.生活の状況

 ・見たことがない=気持ち悪い!?

 先日、日本人留学生とトルコ人学生数人でお好み焼きパーティーをした時のことです。お好み焼きはとてもおいしくでき、パーティー自体は皆で楽しく過ごしたのですが、その数日後。トルコ人の友人からこんなことを聞かされました。「パーティーに来ていた何人かがトルコ語で『もうこんなもの食べたくない』と言っていた。」自分の耳で直接その言葉を聞かなかったのはラッキーだったと思っていますし、似たような場面は何度も見てきたので、ショックを受けるというよりも「ああ、またか...」という気持ちでした。

 人にもよりますが、トルコ人は食に対して保守的な人が多いというような印象を受けています。

 街にある飲食店を見てもあるのはトルコ料理店ばかりです。それ以外の店もあることはあるのですが、見かけるのは観光スポットだけのような気がします。ホームステイ先のお母さんや村上先生の話を聞いてみたところ、見たことがないものは食べたくないというのは嘘ではないようです。特に男性の中にはお母さんの作った料理や、その味付けしか受け付けないという人もいるようで、驚きました。

・病院にて

 アレルギー性の咳が止まらなくなり、病院に行き薬を処方してもらいました。薬の効き目が強く症状が早く改善しつつも、胃が荒れてしまいご飯が食べられないということもありました。病院に行った4日後に再び診察するので来るようにと言われたので、行ったところ、医者から処方した薬の名前を聞かれるということが起こりました。家から近い病院だったので仕方なく処方箋を取りに帰りました。後から友人やホームステイ先の家族に話を聞いたところ、カルテのシステムがきちんとしていないので、病院に行くときは自分の処方箋を持っていくのが普通とのことでした。

 トルコの人は不便なことに慣れきっていて、何かあっても仕方ないというように乗り切っていますが、不便なことに慣れてしまうのか、それとも改善するべく行動するのか...これまたなんだか複雑な気持ちになりました。

派遣留学月間報告書(2015年3月分)

1. 勉学の状況

・授業
 履修している中で一番難しく、一番力を入れ、そして一番面白いのがオスマン語の授業です。
 毎週、オスマン語の詩(写真のようなものです)をアラビア文字からアルファベットに翻字し、詩の内容を理解してくるという課題が出されています。授業では先生から添削と解説を受け、オスマン語を読むのに必要な知識(トルコ語、アラビア語、ペルシア語)を教わっています。
 1週間の中でどれだけ課題をしっかりできるかが大切で、自分の中でどれほど理解し、また疑問点をストックしておけるかが授業をより有効に活用できるかにつながっています。

 アラビア文字に少しずつ慣れてきているとはいっても、まだまだ翻字するのはとても難しいです。また詩の内容を理解するまでの知識がなく、翻字することで精一杯な状態です。それでも時折、文の一節をアラビア文字からアルファベットにパッと翻字できることもあり、上手くできなくても積み重ねたものは裏切らないのだ、と実感し嬉しくなります。トルコのことわざの中に「Damlaya damlaya göl olur.」(一滴一滴が湖になる。)ということわざがありますが、焦って勉強して知識を詰め込もうとしたところで急成長できるものではないので、日々コツコツと取組みを続けようと思います。

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・トルコ語
 以前ほどの大きな成長はなく、新しいことを知った時の感動や嬉しさは薄れてしまいました。
 しかし、それはそれだけ自分がトルコ語に慣れた証拠だと思っています。周りの人たちから「もう初心者ではないのだから、細かい文法を適当にしないできちんと話すようにね。」とか「いい加減この単語は覚えなよ。」などと厳しい指摘を受けながらも、その一方で「ユーリと話している時、時々トルコ人と話しているような気持ちになるんだよ。」というようなことを言われるようにもなってきました。お世辞も入っていると思いますが、こう言われたときは飛び上がりたくなるほど本当に嬉しくなります。

・トルコの大河ドラマ『華麗なる世紀』(Muhteşem Yüzyıl)
 何年か前までトルコで放送されていたドラマです。(その他の国でも放送されていたようです)

 16世紀前半のオスマン帝国が舞台で、スルタン・スレイマンとその妻ヒュッレムを中心に当時の宮廷の様子や出来事が描かれています。フィクションなのでそこには気を付けなければいけませんが...。実は渡航前からこのドラマの存在は知っていたのですが、何故か今まで全く見たことがありませんでした。よくトルコ語を教えてくれている友人の
 「歴史を勉強しているなら見たほうがいいよ!!トルコ語の勉強になるし、古い言葉もたくさん出てくるから!!」という勧めを受けて、見てみることにしました。(ユーチューブで見ることができます)

 台詞の全部を理解することはできませんが、話の大筋を知っていることもあり内容を楽しめる程度には理解することができています。またただ観るだけではなく、聞き取れた範囲で、かつ知らない言葉をメモし確認するということを行っています。ドラマのシチュエーションとともにその言葉を覚えることができるのでとても役に立っています。音楽、衣装、セットも凝っていて見応えがあると思いました。この勉強方法は自分にかなり合っていて、もっと早くに見始めていたらなぁ...と少し後悔しています。でもむしろ今だからこそ楽しんで見られているのかもしれないとも思っています。

・Language Exchange
 今月は日本語を勉強したいという学生との出会いが多い月でした。そのうちの数名とお互いに言語を教え合うということをし始めました。私が日本語を、相手がトルコ語を教えるという形が基本ですが、英語教育学科の友人とはトルコ語を介して私が日本語を、相手が英語を教え合うという形をとっています。何ともおかしな感じですが、これはこれで上手くいっています。お互いの知っていることを交換し合うというのはとても有意義で楽しいです。


2.生活の状況

 特に変わったことも特にこれをしたということもない月でしたが、トルコ人を見ていてふと考えたことがあります。以前からずっと「どうしてトルコ人はこんなに人と人との距離が近いのだろうか?」「なんとなく年齢より幼く感じてしまうのは何故だろう?(勿論人によりますが外見は年齢よりも大人っぽく見えるのに、発言や行動が幼いと感じることがよくあるので...)」と考えていました。

 警察や郵便局で簡単な用事を済ませるのにかなりの労力を要したことをはじめ、時々起る停電、ここには交通ルールが存在しないのか!?と言いたくなるほど危険な道路や交通渋滞、様々なトラブルに巻き込まれることが日常茶飯事です。

 ここに書いていることはあくまで私の持論に過ぎませんが、色々な仕事がスムーズにいかなければ誰かの助けが必要になりますし、その時に助けを求めるとしたら一番身近にいる家族になると思います。歳がある程度大きくなっても家族の仲が親密なこと、親戚の行き来が頻繁なことなどはこれらに由来するものがあるのではないかと考えました。


派遣留学月間報告書(2015年2月分)

1.勉学の状況

 ・授業

 2月16日から後期の授業が始まりました。後期履修する授業は2つです。1つは1922年以降のトルコ共和国の改革、デモクラシーの歴史を扱った授業(ゼミ形式)、もう1つはオスマン語の授業です。どちらの授業も前期に履修した授業と先生は同じです。オスマン語の授業についてですが、前期は留学生向けのトルコ語の授業を取りつつ、おまけとしてわからないところなどを教えてくれていたのですが、後期は先生が私のトルコ語を認めてくれて、個別に授業の時間をとってオスマン語の読み方を教えてくれることになりました。本当にありがたいと思います。この授業は先週までは先生と1対1でしたが、今週からはドイツからの留学生も一緒に受けることになりました。彼はアラビア語ができますがトルコ語は話せないので、授業中は英語を話す必要もあります。まだ始まったばかりですがとても内容の濃い授業になりそうです。多くのものを得られるように精一杯努力したいと思います。

・トルコ語

 ・発音

  最近は発音に気を付けて話すようにしています。以前は全く気にしていなかったというわけではなく、自分の発する言葉がトルコ人に通じないというわけでもありません。しかし、私の目標はトルコ人のようにトルコ語を話すことです。彼らにより近づくために改めて発音を見直し近づけるべく注意して話すようにしています。現在気を付けているポイントは3つあります。1つ目はLとRの発音です。英語でもありますがこれはやはり難しいです。特にRを発音する時、トルコ人が話すのを聞いていると「シュッ」というような息が抜けるような音がします。意識して出すのではなく発音の仕方でこうなっているのですが、私にはできません。1日に何度も使う言葉ですが「Teşekkür ederim」(テシェッキュル・エデリム=ありがとう)はきちんと発音しようとすると本当に難しい言葉だと思います。2つ目はHの発音です。単語の頭に来ているときは「Hatay」(ハタイ・地名)という風に普通に発音するので問題ないのですが、単語の中と最後に来た時はほとんど発音しないような、息を吐くように発音します。「sabah」(サバァ=朝)、「siyah」(スィヤァ=黒)となります。単語の真ん中に来る場合の発音がうまくできないので練習中です。3つめはCとJの発音です。トルコ語ではCは「ジェー」の音になります。Jで始まる単語は「Japonya」(ジャポンヤ=日本)、「Japon」(ジャポン=日本人)くらいしかないのであまり問題はないのですが、トルコ人によると私が発音するCもJも同じ音に聞こえるそうです。直したいのですが何が違うのか、全くコツが掴めていません。発音をトルコ人に聞いてみてもアドバイスは人それぞれ全く違うのであまり参考になりません。ただ発音の正確さばかりに気を取られていると考え過ぎて余計にうまく話せなくなってしまうので、これらを頭の片隅に置きつつも、とにかく話すようにしています。とにかく聞いて、話して練習を積んでいます。

・トルコのポップミュージック

 歌詞を全部理解することはできませんが、トルコの歌が大好きでよく聴いています。ただ楽しむだけでなくわからない単語を調べる、発音を確認するという意味でも勉強になっています。私のお気に入りの歌手はTARKAN(タルカン)、Murat Boz(ムラト・ボス)です。

 トルコのポップミュージックはポップなのに、こぶしがきいていてなんとなく演歌と似ている部分もあるかもしれないと思っています。

・その他

 作文、読書はできる限り毎日継続するようにしています。コミュニケーションは取れてもトルコ人と比べると自分のボキャブラリーはとても少ないです。(当たり前のことですが)ボキャブラリーを増やすべく、日々勉強を続けています。ありがたいのは友人の中にメッセージをやり取りする時、簡単な文章でもわざと私の知らない単語を使って、辞書を引かないと読めないようにしてくる友人がいることです。読むのに時間はかかりますが新しい単語に触れることができるので本当に勉強になっています。母語話者には敵わないと思いつつ、そうであっても一歩でも彼らに近づきたい!という思いでいっぱいです。

・英語

 私は同時進行で2つのことを進めることがとても苦手です。前期はトルコ語に慣れて使えるようにするために、英語を封印するような状態でトルコ語に打ち込んできました。後期もトルコ語中心に学習を進めるという姿勢を維持するつもりですが、英語の学習もしていこうと思っています。どうやって学習をしたら良いのか悩んでいましたが、上に書いたように同じ授業にトルコ語のわからない学生が来ました。彼とコミュニケーションを取るには英語が必要です。授業中のやり取りもそうですが、授業以外でもたくさんのことを話したいです。勿論、長い間英語を話していなかったのですぐには上手くいかないと思います。それでも「習うより慣れろ」という言葉があるように英語もとにかく話す、上手くできなくても話そうとする姿勢を持っていたいと思います。

2.生活の状況

 重要な手続きにおいて何かとトラブルが多い月でした。半年間で学習していたことではありますが、トルコでは何か1つ手続きをしに行くと1つの用事が2、3個に増え、ややこしくなることが普通です。

・イカメットの更新

 イカメットの手続きを終えると最終的にカードが送付されます。今回のトラブルはこのカードが届くところから始まりました。このカードには有効期限が書かれており、その期限が切れるまでに再び警察に行き、イカメットの更新手続きをしなければなりません。
さて、10月に手続きを終えカードを手に入れたのは2月3日、ところがカードの有効期限は1月30日、カードの期限が切れてから手元に届いたのです。「おかしいな」とは思いましたが、手続きからこのカードが届くまでの期間の身分保障をしてくれる書類には全く別の有効期限が書かれており、そこには2015年10月までとなっていました。カードの間違いだろうということを考え、留学生課からも何の連絡もなかったので、あまり気に留めずそのままにしていました。

 イカメットは1セメスターごとに更新する必要があると留学生課から説明があり、書類を用意して警察に行ったところ、カードの有効期限が過ぎているから罰金を払うように告げられました。昨年までは学生に限り、有効期限が過ぎてしまっても1年間は罰金を取らなかったようですが、法律が変わり学生でも有効期限を過ぎたら罰金が科されるようになったとのことでした。カードは遅れて届き、メブラーナオフィスからはこの件に関して何の知らせもありませんでした。(警察に行って初めて罰金の存在を知りました。)
 カードの有効期限が過ぎていたという時点でしっかり確認すべきだったのかもしれません。しかしイカメットの手続きに関して信用できる情報を得られるところがどこにもないというのが実情といえると思います。今回も何度も警察に行きましたが、対応する職員によって言うことが全く違うのです。警察の職員がこのような状況なこともあってか、メブラーナオフィスもイカメットの手続きを正確に把握しておらず、前期の手続きの時もちょっとしたトラブルが起きていました。こんなことは日本ではありえないと思います。文字通り「本当にわけがわからない」のです。

 警察はとても混んでいて、書類を提出するだけでも長い列に並ばなければならず、ほぼ1日がかりの仕事になります。時には授業を欠席しなければならないこともありました。今回はトルコ人の友人にも一緒に行ってもらいましたが、それでも全く埒が明きませんでした。このようなことが何回も続いたこと、それから警察やメブラーナオフィスのミスであるのに高額な罰金の支払いを命じられたことで怒りが爆発してしまいました。オフィスに行き「どうして授業を何度も潰して何度も警察に行かなくてはならないのか!私は勉強しにここに来ているのであって、警察に行くためにトルコに住んでいるのではない。お金だけでなく多大な時間も使うことをわかっているのか。私の時間を返せ!」と大声で怒鳴りつけてしまいました。そのくらい警察にもメブラーナオフィスにも怒りを感じていました。

 怒鳴りこんだ次の日、メブラーナオフィスの職員が一緒に警察に来て警察に状況を説明してくれることになりました。警察署のトップの人とも話をしてくれましたが、事態は変わらず、結局罰金88リラを支払うことになりました。今でも全く納得がいっていません。

 ヨーロッパとトルコとの学生交換プログラム「エラスムス・プログラム」の方は、学生が全くトルコ語がわからない、またプログラムができてから時間が経っているということもあり、かなりサポートがしっかりしています。イカメットの手続きも自分たちだけでするということはなく、オフィスが手厚く面倒を見ていたようです。メブラーナプログラムは新しいプログラムであること、中央アジアからの学生が多く言葉にそれほど不自由しないということもあってか、オフィスからのサポートは全くなかったと言えます。彼らの指示が間違っていて困惑することもあります。もう少ししっかりしたサポートがあればいいのにと思っています。

 大きな代償を払って改めて学んだのは、自分の意見をしっかりと主張すること(今回は苦情をいったことでオフィスが動いてくれました)、当たり前ながらも自分のことはしっかり自分で確認し、管理するということです。

・日本からの荷物

 家族に日本から荷物を送ってもらいました。家族はEMSで送ってくれましたが、結局受け取るのに1か月かかりました。住所は正しいのになぜか家に届かず、郵便局まで受け取りに行く羽目になりました。ここでも問題が発生しました。トルコに食料品を送るのは禁止だということで、荷物の中身を1つその場で没収されました。確かに、お茶はトルコに送るのは禁止だということで日本の郵便局で止められたということを聞いていました。しかし荷物のほとんどは食料品でした。もし禁止されているならば日本の郵便局でそのことを伝えられて送ることはできなかったのではないか?とも考えています。一緒に受け取りに行った友人と抗議しましたが、法律は変えられないだろう、という一言で一蹴されました...。没収されたのはカップ麺1つでしたが、わざわざお金を使って送ってくれたのに...と思うとこれも納得がいきません。荷物を送ってもらう際は受け取るまでにかなり手間取るということ、荷物の中身に気をつけたほうが良いと思います。私はもうトルコの郵便サービスを利用したくありません...。

・病院

 留学の延長に伴い追加でコンタクトレンズを購入することになりました。眼科に行くのに大学病院の予約をしました。イカメットがあれば公立病院は無料で受診できます。トルコは医療制度が日本と違って、公立病院に行くのに予約をする必要があります。私も1月末に電話で予約をしたいと言ったところ1ヶ月後の2月末に来るようにと言われて、とても驚きました。ここまで待たされるとは思っていなかったです。

 病院に行ってみるとかなりの混雑、人で溢れ返っていました。日本にいた頃は1時間待たされるとイライラしていましたが、ここではそれも大したことではないと思えてしまいます。日本では病院に行くのに予約もしないし、こんなに混むこともないと言うと、ホームステイ先の家族はとても驚いていました。医療機器の問題から2日連続で病院に行かなければならないということになりましたが、無事処方箋を手に入れ、コンタクトレンズを購入することができました。トルコでも日本にあるようなメーカーのものが買えます。お店によって価格は前後しますが、1か月用×6個=6か月分と保存液で80~100リラです。私の買ったお店は6か月分と保存液2本(1本はおまけ)で80リラでした。

・その他

・ここ数カ月、かなりのストレスを感じつつも時々思い出していたのは「郷に入ったら郷に従え」という言葉でした。自分の意見をはっきりと主張すること、時には仕方ないと諦めること、これらはトルコで生きる上でとても大切だと実感させられました。また現地の言葉を覚えようと努力することもそうです。この報告書に何度も書いていますが、英語が全てではないのです。よく留学する前に色々な人から「どうして英語圏に行かないの?トルコ語はマイナーでしょ。」と言われていて、その言葉に揺らいでしまう自分がいました。もし今の自分が同じことを言われたとしたら、自信を持ってはっきりこう切り返します。現地の人の中に入っていくにはやはりその土地の言葉を話すべきだと思います。英語ができれば現地の言葉はできなくても大丈夫、という考え方があるのだとしたら、それは傲慢だと思いますし、現地の人にとても失礼だと思います。どの国に留学したとしても、その国から学ぶことはたくさんあるはずです。英語だけでもできないことはないと思います。しかし現地の人の中に入って、彼らのことを本当に知りたいのであれば、できないなりにもその土地の言葉を学ぼうとするべきだと思います。こう書いている私は英語を上手に話すことができませんが...。

「郷に入っては郷に従え」様々なことがこの言葉に集約されているような気がしてなりません。
 
・また、学習状況のところでドイツ人の留学生と一緒に授業を受けることになったと書きましたが、そこで私と先生はトルコ語で話し、その学生と先生は英語で話すということをしました。今の私にとって楽に話せるのはトルコ語のほうなのでそうしてしまったのですが、家に帰ってからそのことをとても反省しました。彼はトルコ語がほとんどわかりません。私と先生の会話はわからないのです。かなり下手であっても英語で話そうとしていたら彼はほんの少しでも会話を共有することができたかもしれないのにと思いました。状況に合わせてその場が良くなるような行動がさりげなくできるようになりたいと思っています。

派遣留学月間報告書(2015年1月分)

1. 勉学の状況

・前期を終えて
 前期が終了しました。振り返ってみると本当にあっという間だったと思います。私の留学している研究科には他に留学生がおらず、授業も課題も全てトルコ語でこなす必要がありました。日本でトルコ語を勉強していたとはいえ、授業どころか会話もままならない状態であったため、授業に参加し、課題をこなしていくのはかなりきつかったです。それでも前期を終えることができたのは、周囲の人たちの支えのおかげだと思います。

 さて、なんとか前期を終えることはできたものの、授業での議論への参加具合、プレゼンテーションやレポートの出来等は決して満足できるものではありませんでした。普段はトルコ語で会話していても、このような学術的なことになると格段にレベルが上がり、歯が立ちません。完成度は低いものの、どうにか形にして発表、提出したといっても過言ではありません。周囲の学生は全てトルコ人とはいえ、周囲に比べて明らかにレベルの低い出来の自分が許せませんでした。悔しい思いでいっぱいで涙が出そうになりました。

 後期は更にレベルの高いプレゼンテーション、レポートを作成すること、授業内の議論に加われるようになることが目標です。必死に頑張りたいと思います。

・トルコ語
 前期の授業とも関連しますがトルコ語を更に、そして早急に上達させなければ後期の授業は乗り切れないだろうと感じています。トルコ語を話せば褒められる、喜ばれるということはもう本当に少なくなりました。久しぶりにあった人からは「トルコ語上手になったね」と言われますが...。最近は周囲の反応が厳しくなり、わからない単語等があって聞くと「まだ知らなかったのか?」という返事が返ってくることがほとんどです。以前のようにスピードを落として話してくれる人も少なくなりました。まるで私もトルコ語母語話者のように話し、前述のようなコメントが帰ってきたりするので、「私はトルコ語が母語ではないのに...」とその言い方にショックを受けるときもあります。しかしその一方で「あなたならもっとできるでしょ?」と言われているような気持ちにもなります。

 まだまだできないことばかりですが、周囲からこのように言われるようになったこと、そして以前は全く聞き取れず話せず、怖いものであった電話で普通に会話できるようになったことは、自分が成長した証拠でもあると考えています。

 どうすれば更に成長することができるのか?ということが問題ですが、ここ最近やめてしまっていた作文を再開させることにしました。その日新しく聞いた単語を使っていくつか文を作るというものですが、会話に慣れるにつれて次第に取り組まなくなってしまっていました。当たり前のことですが、使わなければ身に付きません。これだけをやるわけにはいかないので1日に作れる文はそれほど多くありませんが、毎日コツコツと取り組むことで効果があるだろうと考えています。また、研究のために読んでいる本に加えて、もう1冊別に小説を購入し読むことにしました。トルコの有名な小説家オルハン・パムク氏の小説です。彼の小説は日本語訳されて日本でも読めるものがありますし、トルコの書店でも英語訳された本は何冊も並んでいます。トルコ語をまだスラスラと読めるほどの力はないので、英語訳されたものを読むほうが簡単かもしれません。
実際、トルコ語の先生からもオルハン・パムク氏の小説は読むのは難しい、読みたいならば英語訳の方が良いというようなことを言われていました。しかし、あえて英語訳ではなくトルコ語原文で、しかもまだ英語訳の出ていない、2014年の12月に出版された新作を購入しました。あえて難しいこと、効率の悪いことに取り組んでいることになりますが、これには理由があります。

 前述のような先生からのアドバイス、それから自身の抱いていた先入観により、彼の小説を読むことを避けていましたが、何気なく新刊の試し読みページを読んでみたところ、あることに気付きました。それはいつも読んでいるトルコ語の研究書よりも内容は易しく、出てくる単語もより使用頻度が高いものだということです。かなり難しいという先入観でいっぱいでしたが、普段読んでいる本の方がよほど難しく、出てくる単語は普段使わなかったり、古い単語であったりします。実際、研究書から覚えた単語を会話の中で使ったところ、「それはオスマン帝国時代にあったけど今はないよ。研究書にあった単語でしょう」と笑われてしまったことがあります。本を読むことでたくさんの単語に触れる、また文語に慣れてプレゼンテーション、レポート作成に生かすということは勿論、会話の中で使える表現を増やすということも目指したいと思っています。

2.生活の状況

 気持ちに余裕が持てずにふさぎ込むことが多い月で、今月はほとんど外出することがありませんでした。家で本を読んだりネットサーフィンをしていたりすることが多かったです。トルコでの生活に慣れてきて色々な状況も解ってきているはずなのですが、周囲の人の一言(当然人にもよりますが、トルコ人はとてもフランクな一方、失礼と思われることも平気で言ってきます)、様々なシステムのトラブルなど、ちょっとしたことが自分にとってものすごく大きなストレスとなり、精神的に疲れるとともに外に出ることが嫌になってしまいました。渡航したばかりの頃に言われた「トルコでは1日に1つ何か用事が済めば良い」ということを思い出したり、トラブルも笑って流したりするようにと自分自身に言い聞かせていますが、なかなか気持ちの余裕を持つことができないでいます。このままでは留学している意味がなくなってしまうので、なるべく外に出て行くように心がけていきたいと思います。

・トルコの家族
 当然都市や家庭にもよると思いますが、トルコは家族や親戚の繋がりが日本に比べて強いと感じます。私はホームステイをしているのでホームステイ先の家族の親戚とも関わることが少なくありません。特に行事がなくても集まってお茶をしたりします。また結婚して家を出た友人のお兄さんも週に1度は家にご飯を食べに来たり、一緒に出掛けたりしています。このような集まりがある時に皆私も一緒にと言ってくれて、温かく接してくれます。初めはとても戸惑い、居心地の悪さを感じてしまうことも少なくありませんでしたが、最近になってようやく慣れてきました。

・気分転換の方法
 研究のこと等で非常にストレスを感じた月でした。あまり外には出ませんでしたが天気の良い日には海まで散歩に行ったり(家から海まで徒歩10分程度、家のバルコニーからも海が見えます)、家でキーボードを弾いたりして気分転換をしていました。友人がフルートを吹けるので、2人でよくクラシック曲をアレンジして演奏して楽しんでいます。

 やらなくてはいけないことは山ほどあるので、遊びに行ったり休んだりすることには抵抗があるのですが、こういう時間を作り出すことも必要なのだと感じています。
写真はわかりづらいですが、この間海に行った時に見たウミガメの写真です。
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派遣留学月間報告書(2014年12月分)

1.勉学の状況

・授業

 学期末になりました。「留学生向けトルコ語」の授業は初級・上級合同で試験が行われました。試験の内容は非常に簡単でした。最後にトルコ語作文の欄があり「自分自身についてトルコ語で記述せよ」という問題がありました。できたつもりだったのですが2つほどスペルミスをしてしまったことに試験が終わってから気付き、悔しかったです。

 教育社会学の授業はとにかく休講が多いです。12月も2回しか授業がありませんでした。しかしこの授業が自分にとって最も辛いです。教育社会学について日本で専門的に勉強していたわけではないのでその知識不足と、皆の話す速度が私にとってとても速いので何を言っているのか全く分からない時が多いからです。授業の後に質問したり、予備知識として英語の論文をもらって読んだりもしましたが、それでも理解し授業についていくには不十分でした。授業に行きたくないと感じることも多かったです。今月ついに心が折れました。しかし授業後に長めに時間を取って話を聞いてもらうことで少し回復しました。先生のアシスタントの方がとても良い人で、何かと声をかけてくれます。課題は英語で「価値教育」についてレポートを書くことです。頑張りたいと思います・・・。

 歴史の授業は試験として日本の歴史についてプレゼンテーションを行いました。短い時間の中で何を紹介しようか迷いましたが、他の受講者が日本の技術(鉄道や自動車などはトルコでもとても有名です)に興味を持っているということを踏まえ、明治維新に焦点を当ててプレゼンテーションを行いました。自分の発表の前に数回他の学生のプレゼンテーションを聴いた際、自分のトルコ語能力が足りないということもあるのですが、文章だけのスライドは非常にわかりづらいということを実感しました。スライドはトルコ語で作りましたが日本の歴史について知識のない人たちにどうすれば伝わるのか、内容は勿論ですが「みせ方」にこだわりました。学部生時代に教育実習で授業づくりをしたことが役立ったと感じています。上手く説明しきれないところも多々あり、とてもよくできたとは言い難いですが、「面白かった」という感想を頂きました。このプレゼンテーションを通して、自分のトルコ語がまだまだであることを痛感しました。とても難しいことだと思いますが、今後は日常会話だけでなく、こうしたプレゼンテーションや議論にも参加できるように、また文章を書くということもできるようになりたいと思っています。

・トルコ語

 12月は今までと比べて勉強への取り組み方が甘くなっていました。前ほど必死に勉強しなくてもコミュニケーションが取れるようになっていることが原因だと思います。これではいけないと思いながらも、なかなか勉強に力を入れることができませんでした。新たな目標を定めることで気持ちを切り替えようとしています。

①トルコ語能力試験
 そんな中、ホームステイ先の友人がこんなものを見つけて教えてくれました。トルコ大使館主催の「トルコ語能力試験・Türkçe Yeterlik Sınav(TYS)」です。これはトルコ語能力を測定する国際的な統一試験で、トルコ語版TOEFLのようなものだと言えます。Okma(リーディング)、Yazma(ライティング)、Dinleme(リスニング)、Konuşma(スピーキング)の全てが試されます。
この試験は1月、5月、9月、1年に3回行われているそうです。1月の試験は準備が間に合わないということで受験を諦めましたが、5月に受験し、良いスコアを取ることを目指して頑張りたいと思います。

②日常会話
 先月の報告書で、自信を持って話すことができないと書きましたが、今月はあまりそのことで悩むことがなくなりました。当たり前のことかもしれませんが、ふと気づいたのは恐る恐る話す時ほど通じないということでした。会話についても1つ目標を決めました。今までは「トルコ人とトルコ語で会話できるようになること」を大きな目標としてきました。留学を始めて4か月が経ちある程度会話できるようになった今、更に高い目標を設定し、自身の能力を伸ばしたいと考えています。それは「トルコ人のように話せるようになること」です。短期間の留学で達成できるかどうかはわかりませんし、正直今の私にとっても高すぎる目標ではないか、ということは否めません。しかし、以前は自分の意志がトルコ語で伝えられることで満足していましたが、もうそれでは満足できないのです。自分の悩みや将来のことも話してみたい、相談したい、彼らと話したいことがたくさんあります。それには単語や表現力等において今の自分の能力は不足しています。外国語を学習することについて、母語話者以上にはなれないという話も聞きます。そうであっても自分の話すトルコ語をできる限りトルコ人の話すトルコ語に近づけたいと強く思っています。以前はとにかく「通じるかどうか」で頭がいっぱいでした。勿論今でも通じるかどうかという不安はありますが、この頃は下記のような表現を覚えて積極的に使い、楽しんでいます。

・「死ぬほどお腹がすいた」→「Açılıktan ölüdü.」
(アチュルックタン オルドゥ açılıkは空腹、ölüdüは死んだ。日本語と同じくお腹がすいて死にそうというような意味)

・「(授業や勉強などが)難しくてよくわからない」→「kafam için çorba oludu.」
(カファム イチン チョルバ オルドゥ kafaは頭、çorba はスープ。頭の中がスープになったという意味)

・「とても疲れた」→「Canım çıktı.」(ジャヌム チュクトゥ can(ım)は(私の)心・生命、çıktıは出た。)

トルコ語にはこんな擬音語もあります。
・ pırıl pırıl(プルル プルル)→ピカピカ(光る)という意味
・ fokur fokur (フォクル フォクル)→グツグツ(煮えている)という意味
・ şakır şakır (シャクル シャクル)→流暢に、スラスラというような意味

形容詞を強調したいときの言い方も何だか可愛くて、すぐに覚えてしまいました。
・kırımızı(クルムズ 赤い)→kıpkırımızı(クップクルムズ 真っ赤)
・siyah(スィヤ― 黒い)→simsiyah(スィムスィヤ― 真っ黒)
・beyaz(ベヤズ 白い)→bembeyaz(ベムベヤズ 真っ白)
・dolu(ドル いっぱいの)→dopdolu(ドップドル ぎゅうぎゅう詰め)
・boş(ボシュ 空いている)→bomboş(ボムボシュ すっからかん)

③語学学校
 一緒に留学している後輩の紹介で、今月から私も語学学校に通うことにしました。日本人だからという理由で授業料を格安にしてもらっています。英語とトルコ語、アラビア語を教わっています。トルコ語の授業は本当に初めから学ぶ人向けで、私にとっては簡単だったので、個別に先生から課題を出してもらったり、相談に乗ってもらったりしています。

 大学の授業との兼ね合いもありまだ数回しか行くことができていないのですが、先生はとても明るく楽しい方で、もっと勉強しようという気持ちになります。先生はトルコ語、英語、スペイン語、ロシア語、アラビア語を1人で全て教えていて、日本語も少し話すことができます。どうしたらこんなにたくさんの言語を話せるようになるのかと驚きました。また、他の生徒さんと話して、彼らの目標を聞いたりすることは自分にとってとても良い刺激になっています。有意義に活用してもっと自分の力を伸ばしたいです。

2.生活の状況

 今月は割と気持ちが沈みがちで「外に出たくないなぁ」と思う日が多かったです。全員がそうではないのですが、おしゃべりが大好きで好奇心旺盛なトルコの人たちにちょっと疲れてしまいました。現在アクデニズ大学には日本からの留学生は3人しかいません。そもそも東アジアからの留学生が本当に少ないので(韓国や中国からの留学生をまだ一度も見たことがありません)彼らにとって日本人はかなり珍しいのだと思います。どこでも質問攻めに遭います。「日本では犬を食べるのか?(この質問はどこに行っても必ずと言って良いほどされます)」、「日本では男性が家事をするのか・・・(その後結婚などについて質問が続きました)」「トルコと日本どっちが良いか?」などの質問の他、個人的なことになると体重まで聞かれます。以前の報告書にも書きましたが彼らには悪意はなく、本当にコミュニケーションの一環として聞いてくるのです。よくわかっているつもりだったのですが、気持ちに余裕がなくなっていて、かなり不快な気持ちになることもありました。

 私自身が息抜きするのが下手ということで、ストレスが溜まっていたのだと思います。内心、外に出たくないと思いつつも今月は様々なイベントがあり、またルームメイトに連れ出されてパザルに買い物に出かけるということもよくあったので、家の中に閉じこもるということはありませんでした。本当に息抜きが上手くできず、精神的に限界になるまで根を詰めてしまうタイプなので、どのタイミングでどのように息抜きをするか、考えるようにしています。

・İKAMET(居住許可証)について

 10月に一通りの手続きを終えたのですが、まだ許可証が発行されていない状態です。その後も発行に必要なお金の支払いや書類の提出のために警察に行きました。メブラーナプログラムのオフィスを通して指示されるのですが、オフィスのミスで指示が不十分ということもあって、お金を払うだけなのに何度も警察に行かなければなりませんでした。警察の場所は遠くないのですが、常に混んでいます。一応番号札を取って並ぶようになっているのですが、それも守られずめちゃくちゃで賢く行動しないと一日があっという間に潰れてしまいます。İKAMETがないと国外へ旅行に行くことができません。また国内のバス移動でもİKAMETの提示を求められるなど、ないととても困ります。しかしとにかく1回で1つずつしか手続きが進まないので、受け取りまでにはあと2、3回警察に行かなくてはいけないだろうと考えています。発行までに通常半年近くかかってしまうようなので、仕方がないのですが、İKAMETについては本当に頭が痛くなります・・・。

・Düğün(ドゥーン) ―トルコの結婚式

 ホームステイ先の親戚でdüğün(結婚披露宴)があるということで、私も一緒に連れて行ってもらいました。とても貴重な体験ができたと思います。皆さんは結婚式というとどんなイメージを思い浮かべますか?トルコの結婚式は日本のものとは大違いでした。新郎も新婦も客もとにかく皆が踊りまくるというのがトルコの結婚式です。客席は部屋を囲むように端に、その代わりダンスするスペースが真ん中にドーンとあります。司会のおじさん(この人も確か親戚の者だと聞きました)が音楽をガンガンかけて、会場を盛り上げていました。事前に聞かされていましたが、とにかく皆踊る、踊る・・・途中でちょっと休憩を挟み、ちょっとした飲み物とお菓子が出されましたが、スピーチも手紙もありませんでした。新郎新婦の席もあったのですがほとんど座らずに踊っていました。結婚披露宴というよりダンスパーティーという雰囲気でした。でもこれがトルコでは当たり前の結婚披露宴だそうです。「日本の結婚式ではどんな風に踊るのか?」と聞かれて、ほとんど踊らないと答えたら、彼らはとても驚いて「ええ!?トルコの結婚式の方が楽しいでしょ?トルコで結婚したほうが良いよ」と言われました・・・

 また、新郎新婦の肩からリボン(新郎:白、新婦:赤)をかけて、客がお札や金貨をピンで留めていくというのもありました。日本でいうご祝儀です。新婦に金のピアスやブレスレットをつけていく人もいました。

 さて、私も皆に促される形でダンスに加わったのですが、散々なことになりました。トルコの人たちは皆ダンスがとても上手なのです。小さな子どももお年寄りも楽しそうに踊っていました。音楽がかかると自然に体が動き出すというように見えます。子どもの頃から様々なところで大人が踊っているのを見て、それを真似して自然に覚えていくのだそうです。「トルコ人みたいになりたかったら、ユーリもダンスができないとね」と笑われました。トルコ人のように踊るには指鳴らしが大切なのですが、私は少しも鳴らすことができません。まずは指を鳴らせるようにするところから練習したいと思います。

 トルコの結婚式はnikāh(ニキャーフ)といい、披露宴はdüğün(ドゥーン)と言います。実は以前nikāhの方も全く知らない人の式ですが、ルームメイトと一緒に見たことがあるのです。パザルで買い物をした帰りに結婚式場の近くを通りかかったので、「ちょっと見てみようか?」ということで見てきました。周りは正装なのに私たちは買い物袋を提げて、おまけにジャージのような恰好でした。絶対に咎められるに違いないと結構ヒヤヒヤしていたのですが、それでも全く咎められず会場に入ることができてしまいました。これもトルコらしいと思います。こちらのnikāhは結婚を誓うものですが、10分程度で終わります。面白いのはその後すぐに入れ替えて次のnikāhが始まるということで、次の式に参加する人が間違えて会場に入ってきてしまったりもしていました。

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・Yılbaşı(ユルバシュ) ―トルコの年末年始―

 イスラームの国なので、クリスマスという言葉を全然聞きませんでした。その代りyılbaşı(ユルバシュ)という言葉が使われています。クリスマス~1/1までをyılbaşıというそうです。クリスマスはないのに、装飾は完全にクリスマス仕様で、クリスマスツリーやサンタクロースがあちこちで見られました。クリスマスの雰囲気が1/1までなんとなく続くといったところでしょうか。トルコではyılbaşıはただ楽しむためのもので、イスラームのバイラムの方が大事な意味を持っていると聞きました。
日本人の先生のいるジェロントロジー学科でパーティーがあり参加してきました。日本の年末年始についてトルコ語でプレゼンテーションを行いました。ここでもトルコ語が鍛えられましたし、何より自分の国の文化についてきちんと知らないことが多いという事実を突きつけられました。とても勉強になりました。各々家から持ち寄った料理やお菓子を食べて楽しみました。

 12/31は家でちょっとしたパーティーをしました。この日はあいにく雨でしたが近所の大きな広場ではコンサートも行われたようです。テレビも特番がやっていました。日付が変わると花火があちこちで上がって盛り上がりました。1/1は一応お休みでしたが特に普段の日と変わりませんでした。ただお休みとあって通りはひっそりとしていました。1/2からは本当に平日で、ルームメイトは学校に出かけて行きました。私はなんとなく出かける気になれず、授業もなかったので家で過ごしました。

 今年はいつもとかなり違う年末年始でした。年越しそばもお節もお雑煮もなく、寂しかったです。私は日本人なんだなぁとしみじみ感じました。

・Can boğazdan çıkar(ジャン ボアズダン チュカル)―食生活について―

 今月は食べること、食生活について何かと考えさせられることの多い月でした。
きっかけは2つあります。1つは千葉大学の園芸学部からいらっしゃった先生の授業を聴かせていただいたこと、もう1つはホームステイ先の家族の買い物や食事について話を聞いたことです。

 先生の授業は日本の食糧自給率や食生活が健康や子どもの発達に与える影響、日本の食育、和食についてでした。一緒に聴いていたトルコ人学生や先生からは「「うまみ」は和食において何故大切なのか?味を良くするためだけなのか?」という質問や日本の学校給食についての質問(トルコでは学校給食はありません)が出されていました。自分も日本の食文化や食生活について考える良い機会となりました。

 私のホームステイ先の家では、あまりスーパーマーケットで買い物をしません。その理由はパザルで買った方が安いからということもあるのですが、食品添加物などを気にしてということもあるようです。パザルにない肉もスーパーではなく近所の肉屋で買っています。地域によると思いますが、私の住む地域にはパザルを始め、肉屋や魚屋、パン屋などその地域の人々の生活に密着した個人商店がたくさんあります。お母さんの話では「スーパーには便利なものがたくさんあるけれど、どうやって造られているか知ることができないし、原材料の表示も本当かどうかわからない。だから働いていて忙しかった昔はスーパーで色々と買っていたけれど、今はもう買わないのよ。」というようなことを言っていました。勿論日本でもこういう考えを持っている人はいると思います。また時間にゆとりがないとこのようなことをするのは難しいかなとも思います。しかし、日本にいた時はなんでもスーパーで買い物をしていましたし、それが当たり前だったのでこのように考えたことはありませんでした。またトルコのスーパーと比べると日本のスーパーは商品の種類が非常に多いというように感じます。特に飲み物や調味料、冷凍食品などがそうだと思います。確かに便利であるし、たくさんの中から選べるというのは良いと思います。でもお母さんの話を聞いて本当にそれが良いと言えるのか、必要なことなのか考えさせられました。

 そしてもう1つ、家族から聞いた印象的なトルコのことわざがあります。
「Can boğazdan çıkar.」(ジャン ボアズダン チュカル)、直訳すると「生命はのどから出る」という意味です。夕食中ダイエットについて話題になったことがあり、その時にもっとやせなくてはと思っているというようなことを話したときに言われた言葉です。「ほどほどが健康に一番良い。だからしっかりご飯は食べなさい。Can boğazdan çıkar.」と言われました。その時に日本で良く見かけるダイエット特集やダイエット食品がふと思い浮かびました。トルコでもダイエット関連の番組や商品はあるそうなのですが、日本ほど見かけないような気がします。健康のために減量する必要が場合はあるけれど、でもそうでないとしたら過剰になっていることはないのかとこれについても考えました。

・トルコの食事②

 トルコのご飯は日本より油を多く使っていますが、野菜たっぷりで米も使われています。特に私のホームステイ先では、お母さんが健康のためと意識的に肉を少なく、野菜を多く使っているということも聞きました。「うちのご飯は他のトルコ人家庭とはちょっと違うよ」といたずらっぽく笑っていました。毎日のごはんがとても楽しみです。先に書いたようにスープ、野菜の煮込み料理などあらゆる料理に米が使われていて、ピラフもあるのでとてもありがたいです。全然味付けは違うのに、何だか懐かしいと感じる料理もあったりします。留学する前、色々な人にトルコに行くと言うと大体の人が「ああ、ケバブと伸びるアイスがあるよね」というような答えが返ってきましたが、トルコには他にもおいしい料理がたくさんあります。こんなにおいしいのに日本ではあまり知られていないのか、と残念に思ったりもします。つい写真を撮るのを忘れてしまうのですが、トルコのおいしい料理について知ってもらえたら嬉しいと思います。

・Sütlaç(ストゥラッチ)

 私の大好きなトルコのデザートで、牛乳とお米、小麦粉で作るライスプディングです。
上にシナモンをかけて食べます。優しい甘さで日本人にも食べやすいと思います。お母さんは私がこれを好きだということを覚えてくれていて、時々作ってくれます。

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・トルコのお茶

 トルコでは至るところでチャイが出てきます。しかしトルコのお茶はチャイだけではありません。yeşil çay(イェシル チャイ)、緑茶もあります。ただこちらの緑茶は日本と製法も淹れ方も違うので、味が薄くてあまりおいしくありません。味もミント風味やフルーツ風味になっていたりします。家にあるのはミント風味ですが独特の味です。日本から日本の緑茶を持ってきたのですが、家族は日本のお茶をおいしい、気に入ったと言っていました。また、ada çayı(アダ チャユ・ セージティ―)などハーブティーも良く飲まれています。ada çayıは普段も飲むのですが、風邪を引いた時などに薬のようにも飲むと聞きました。他にも、乾燥させた生姜、シナモン、薬用ニンジンのようなものを煮出してお茶のように飲んだりもしています。

 それから、お茶ではないのですがnanelimon(ナーネリモン)というミント入りのレモネードがあります。風邪を引いた時やお腹を壊してしまった時にお母さんが作ってくれた飲み物です。

・天候 

 曇り空の日または雨の日が多いです。このような日は気分も滅入ってしまいますし、何よりも困るのがシャワーのお湯が出なくなることです。アンタルヤでは太陽光でお湯を沸かすシステムのアパルトマンがほとんどだそうですが、晴れないと全然お湯が出ません。高級住宅地ではこういう日にも対応したシステムになっているそうですが、一般家庭ではこれが普通で、冬場は2~3日シャワーを浴びないというのも当たり前なのだそうです。これにはまだ慣れておらず、お湯が出なくてもシャワーを浴びています。そのため、最近は水のシャワーに慣れてしまい、お湯が出れば幸せだという風に感じるようになりました・・・。

 今月初旬には夜中から翌日の午前中にかけて暴風雨と雷の日がありました。雨と風は台風並み、雷も今までに経験したことのない大きな音と光で、その日はなかなか眠れませんでした。この日はアンタルヤにある全ての学校が休校になりました。このような天気は冬に1~2度あるとのことです。

 また、寒くなったといっても基本的にアンタルヤは温暖です。最近イスタンブルや他の都市では大雪が降ったというニュースを見ますが、アンタルヤでは雪が降ることはありません。晴れていれば日中の最高気温は13~16度、最低気温は8~10度くらいです。暖かさにすっかり体が慣れてしまったので、寒さに対応できなくなっています。いつもよりも気温が低めになると(とはいえ気温は日本の千葉と同じくらいなのですが)辛いです。風の冷たい日はふと日本を思い出します。海沿いで内陸のアンカラ等に比べて湿気があるとはいえ、日本より空気が乾燥していると感じるので、体調に気をつけたいと思います。

その他、生活の中で感じたこと
・よく渋滞してクラクションを鳴らしまくったり、満員でもないのに停留所で停車せずに行ってしまったりすることが日常茶飯事なので、イライラのもとにもなるのですが、時にトルコのバスは私にとって「笑いの宝庫」と化します。まず注目すべきところは運転席周辺と運転手の行動です。運転席周辺は運転手の好きなサッカーチームのタオルやトルコ国旗、ナザールボンジュという青い目玉のお守りなどで思い思いに飾られているのです。運転席付近を見れば大体運転手がどこのチームを応援しているかわかってしまうのです。よく見かけるのはトルコのビッグチーム・Galatasaray(ガラタサライ)とFenerbahçe(フェネルバフチェ)、Beşiktaş(ベシクタシュ)のものです。たまにAntalya spor(アンタルヤスポル)という地元チームのものも見かけます。

 そして、運転手の行動が仕事中だというのになんとも「自由」なのです。先日停留所でないところでバスが止まったのでどうしたのかと思ったら、なんと運転手のおじさんはSimit(スィミット)というドーナツのような形のゴマ付パンを買いに行ったのです。友達に話したところ、「よくあることだよ。忙しいからバスを止めて買いに行かないとご飯食べられないでしょ?」と言われましたが、初めて目撃したのでとても驚きました。他にも私用で電話していたり、自分の好きな音楽をガンガンかけていたりします。自分の好きな歌手であれば嬉しいのですが・・・。

 これは一歩間違えたら大事故になっていたかもしれないので笑えない話なのですが、テレビで黒海沿岸の町(名前を忘れました)でバスの運転手が運転中に運転席を離れて踊り出し、逮捕されたというニュースを見ました。とんでもないことだと思うのですが、ちょっと面白いのはこの運転手のコメント、「どうしてこんなことをしたのか?」という問いに対して「俺たち黒海の人間は音楽がかかったら踊らずにはいられないよ」と話していました・・・。

 次に、少しずつ乗客のおしゃべりの内容がわかるようになってきました。たまに聞こえてくるのは「あの人は何人かなぁ?」「韓国人か中国人じゃないか?」というような会話です。相手は私がトルコ語がわからないと思っているのか割と近くで話しているのですが、こんな時は返事をしたくて仕方がなくなります。

・10月の報告書で「英語が全てではないと思う」と書きました。しかし、やはりトルコにおいても英語が優勢なのではないかというように感じています。トルコ語の話せないヨーロッパからの留学生が授業も普段の生活も全て英語で通しているという話を聞くと、やはり英語は強いのだと思います。そして旅行の計画を立てようとした際、アゼルバイジャンやウズベキスタン等を別として、トルコから一歩外に出て他の国に行くとなったら、トルコ語は役に立たなくなるということに改めて気付きました。当然、将来の就職においてもトルコ語が求められる仕事はごくわずかで、英語ができるに越したことはないということになると思います。これらについて考えた時、研究に必要というのが一番の目的なのだけれど、トルコ語を習得する意味とは何だろう、となんだか怖さのようなものを感じています。勿論トルコ語が大好きだから学んでいるのですが・・・。留学5ヵ月目を目前とした今、何故自分は留学しているのか、初心に返ってその目的を見直すべきであると思っています。

・上記の話とも関連しますが、恥ずかしながら4か月間を経てトルコ語は上達したものの、英語が本当にできなくなりました。相手の話していることを聞くこと、簡単な読み書きはまだなんとかできるのですが、英語を話そうとしても、頭に浮かぶのはトルコ語で、英単語がすぐに浮かんでこないのです。「Yes/No」よりもトルコ語の「Evet/Hayır」の方が簡単ですし、「OK」に至っても先にぱっと頭に浮かぶのはトルコ語の「Tamam」です。普段はトルコ人学生と関わり、トルコ語しか話す必要がないので英語がなくても全く困らないのですが、先日ヨーロッパからの学生と話す時に久しぶりに英語を話したら、あまりにできなくなっていて我ながら愕然としました。

 トルコから出た時に無力になること、将来的な就職の面でも困るだろうということで、英語もきちんと勉強しようという気持ちになっています。トルコ語に加えて英語もできたら自分はもっとたくさんの人と話すことができるし、できることの幅も広がると考えています。以前は英語を勉強するのは義務感のように感じていて、正直大嫌いだったのですが、今は英語ができれば可能性を広げることができると感じています。・・・とはいえ今、日常生活で英語を使う機会はほとんどないに等しいです。どうすれば英語の力も伸ばすことができるのか、どうするべきなのか、最近少し悩んでいます。

派遣留学月間報告書(2014年11月分)

1.勉学の状況

・授業

 今月は特に祝日があったわけではないのですが、様々な理由で休講がかなり多かったです。 「教育社会学」の授業は今月1回しか授業がありませんでした。課題も全く出されず、チャイを飲みながらゆっくり進められる授業なので、あまり授業という感じがしません。              

 「オスマン帝国史」の授業は、学期末が近づいてきたこともあり、今月の半ばから毎週個人発表が行われています。他の学生は私が興味を持っているオスマン帝国のある時代についてプレゼンをしています。私は12月の2週目の授業で日本の歴史(19-20世紀のうちの一部分)をプレゼンすることになっています。時代の幅があり、主に何について説明しようか悩み、また全てトルコ語で説明しなくてはいけないので、準備がなかなか進んでいませんが、頑張ります。

 「トルコ語」の授業も学期末に向け、授業を進めるペースがかなり早くなっています。ヨーロッパの学生向けの初級の授業でも11月までで初級文法をほぼ全て網羅したと思います。しかし、はっきり言って授業の雰囲気は悪いと思います。授業の内容を理解できない学生が先生をからかったり、おしゃべりしたりしているので、きちんと授業を受けたい側としては非常に不愉快です。大学ではなく中学校の授業に出席しているような気持ちになります。授業の時間も回を重ねるごとに短くなっている気がします・・・。しかし、たくさん質問をする、なんとなく使っていたものの、きちんと理解できていなかった文法をこの授業を機に再確認するなど、私なりに割り切って授業を上手く活用できていると思います。上級の方では、先月は授業についていくので精いっぱいだったのですが、今月は少し余裕をもって授業に参加できるようになりました。

・トルコ語学習

 毎日トルコ語を話していること、日々トルコ語で書かれた文献を読んでいることで、トルコ語の力はかなり向上したと思います。まだまだ知らない単語はたくさんありますし、トルコ人の話す通常の速度で話されると聞き取れなくて困ることもありますが、それでも日常会話に関してはトルコ語だけでできるようになりました。トルコに来たばかりの頃は、日本語・トルコ語の会話帳が手放せませんでしたが、最近はほとんど使わなくなりました。

 しかし、現在できることは自分が求めるレベルには程遠いですし、まだ定着していない文法事項もあるのが事実です。足りない知識を補うために、この頃は「東京外国語大学言語モジュール・。トルコ語」を使って勉強しています。インターネット上で、無料でトルコ語の文法事項を一通り勉強することができるコンテンツです。文法の解説、例文、練習問題、発音もしてくれるのでとても便利です。わからないことや確認したいことがあるときに利用するようにしています。これからトルコ語を勉強したいという人は是非使ってみると良いと思います。

 最近は話せるようになってきた反面、自分の言いたいことが上手く伝えられなかった時、相手の話していることが理解できなかった時に以前よりも強く悔しさを感じるようになりました。

 また、自分の話しているトルコ語が正しいのか間違っているのかも気になるようになりました。考えながら話してしまうので話すスピードは上がりませんし、話すことが怖いと感じることもしばしばです。自分でも自分自身に「私は外国人なのでできなくても仕方がない」と言い聞かせるようにしていますし、色々な人から「気にせずにどんどん話すように」とも言われていますが、なかなか自信を持って話すことができません。知識を増やすことも課題ではありますが、怖がらずに話すことが現在克服すべき大きな課題となっています。

・クルド語・クルド人について知ること

 クルド人の友人との関わりや、トルコ人のクルド人に対する反応から、クルド問題に関心を持つようになり、研究テーマを変更することを考えています。そして少しずつではありますが、友人から教わりながらクルド語も勉強しています。

 クルド語はトルコ語、アゼルバイジャン語、ウズベク語などを含むチュルク諸語とは違い、イランの公用語である現代ペルシア語、アフガニスタンで話されるパシュト語、ダリー語などを含むイラン諸語に含まれる言語だそうです。勉強していて混乱してしまうこともよくありますが、研究のためにオスマン語を勉強していて、その中にペルシア語の文法事項も含まれているので、共通点を見つけると嬉しくなります。また語順は日本語とトルコ語と同じように主語・目的語・述語の順になっています。

例えば・・・
・日本語:私は音楽を聴くことが好きです・
・トルコ語:Ben(私) müzik(音楽) dinlemeyi(聴くこと) seviyorum(好きです).
・クルド語(クルマンジー):Ez(私) hez musiki(音楽) guhdan(聴くこと)dikim.
( hez dikimで「(私は)好きです」という意味)
※クルド語にはこのパソコンで表示できないフォントの文字もあるので、完全に正しい表記というわけではないということをご了承ください。現在クルド語を表記できるアプリを探しています。

 また、一言でクルド語といっても、クルマンジー、ザザ、ソラニーの3方言に分かれていて、かなり相違があるそうです。私はトルコに多いクルマンジーを勉強していますが、実際、クルマンジーの友人に教わったクルド語のあいさつをザザだという友人に使ってみたところ、全く分からないということを言われました。また、クルマンジーでも地域によって差異があるようで、同じ意味の単語でもバトマン出身の友人から教わったものと、シャンルウルファ出身の友人から教わったものでは少し違いがありました。

 主に文献を読めるようになりたいという目的で勉強し始めたクルド語ですが、教わりながら発音も学んでいます。文法よりも難しいのはこの発音です。例えば「読む」=「wxendin」となるのですが、WとXを発音する時に喉から声を出すようにしないときれいな発音になりません。この単語は私もまだ上手く発音できませんが、練習してできるようにしたいと思っています。
 クルド語を学ぶことに限らず、クルド人について知ることはトルコ国内のクルド問題が未だ解決していないということもあり、難しいと感じています。実際日常生活の中でトルコ人とクルド人の間の溝の深さを感じることもよくあります。しかし、クルド語やクルド人について知るということも、トルコでしかできないことであると思うので、これからも積極的に学んでいこうと思います。まだまだ知らないこと、知りたいことがたくさんあります。

・図書館

 個人ブースになっている自習スペースが充実しているので、毎日のように図書館を利用しています。大学の規模に対して図書館の規模は小さく、蔵書も充実しているとは言えないと思います。大学図書館というより、少し大きな公共の図書館という雰囲気です。イスタンブルやアンカラとは違って、文献が少なくても仕方ないとも思っていましたが、トルコなら日本より多くの文献があるだろうと期待していたので、ちょっとがっかりしました。本当は全10巻のシリーズの本のはずなのに、何故か第3巻しかこの大学にはないということもあります。またオンライン化されて手に取って見られない本も多いです。時期を見てイスタンブル、アンカラに行くことを考えています。

2.生活の状況

ホームステイ先の家族が本当の家族のように良くしてくれているので、特に問題なく快適に生活できています。一緒に出掛けたり、悩んだ時に相談に乗ってもらったりと、居心地はとても良いのですが、それ故に日本の家族が恋しくなる時もあります。      

 ホームステイ先のお父さんは大の釣り好きで、自分の船を持ち、釣り番組に取り上げられるほどです。トルコでは魚はあまり食べられないだろうと思っていましたが、幸運なことにお父さんの釣ってきた新鮮な魚を食べられています。

・トルコの食事①

 今月からトルコの食べ物についても書いていきたいと思います。
 今月は先程話題に出した魚と、ヨーグルト、Aşure(アシュレ・お菓子)について書きます。
 
・魚

 私のホームステイ先では先述のようによく魚を食べます。そうでなくてもスーパーマーケットやパザルでも魚は売られています。時々パザルでイワシ(日本のイワシよりも小さい)を買ってきて、ピラフなどにして食べています。しかし、トルコの人にとって魚はあまり身近な食材とは言えないようです。トルコ語の魚の名前はほとんどがギシリア語などからの借用語だそうです。お母さんの話によると、「私たちは昔アンカラに住んでいたけれど、その時は魚をほとんど食べなかった」とのことです。またニュース番組でも「魚嫌い・魚を食べたことのない子どもたち」というタイトルで問題として取り上げられていました。確かに家で魚を食べる時も調理法のバリエーションは多くありません。

・ヨーグルト 

 日本ではデザートとして食べられているヨーグルトですが、トルコではデザートとしてというよりも食材として使われていて、ほぼ毎日食卓に上ります。ちなみにヨーグルトはトルコ語でyoğrut(ヨールト)です。トルコが料理の上にかけたり、キャベツや人参とあえてサラダにしたり、cacık(ジャジュック)という冷たいスープにしたり、水と塩とヨーグルトを混ぜてAyran(アイラン)という飲み物にしたりと、様々な使われ方をしています。こちらの家族に日本では料理には使わずにデザートとして食べるという話をしたら、驚いていました。辛い料理もヨーグルトと一緒に食べるとまろやかになっておいしく食べられます。また、サラダやスープは日本にないということもあり、最初は口に合いませんでしたが、今ではもう慣れておいしく食べています。Ayranは甘くない飲むヨーグルトという感じで、私のお気に入りの飲み物です。塩を入れるので夏場の熱中症対策にも良いのだとお母さんが話していました。このAyran、先日家にあった炭酸水で作ったらとてもおいしくできました。ヨーグルトと水と塩があればできるので、興味のある方は作ってみてはいかがでしょうか。

 このように、トルコの人にとってヨーグルトは欠かせない食材となっています。売られているヨーグルトの種類も様々です。水分の少ないsüzüme yoğrut(スズメ ヨールト)、上に膜の張っているkaymak yoğrut(カイマック ヨールト)などがあります。またバケツのように大きな容器に入れて売られているのもトルコのヨーグルトの面白いところだと思います。私の家では買うことは少なく、家でヨーグルトを作っています。このような家庭も少なくないそうです。

・Aşure(アシュレ)

 アシュレはトルコで最も古いお菓子です。アンズやイチジク、ブドウ等のドライフルーツと豆類、麦等を甘く煮たもので、上にクルミやシナモンをかけて食べます。ノアの方舟で洪水の後に方舟に残っていた食糧を全てかき集めてスープを作った、これに由来するお菓子だそうです。

 今月はAşure Ay(アシュレ アイ= アシュレの月)だそうで、作ったアシュレを近所の人や親戚に配る風習があるそうです。現在は廃れてきているそうですが、それでもアパルトマン(日本のマンションと同じような感じです)の隣の人からアシュレを頂いたり、親戚や友人がアシュレを食べに来たりと雰囲気を感じることができました。アシュレの中に入れるものは各家庭によって少しずつ異なっています。私もたくさん食べました。(写真を撮るのをすっかり忘れてしまいました・・・)

・日本文化 

 今月は日本人の先生のいる文学部ジェロントロジー学科(老年学科)の学生と一緒にお好み焼きと団子を作ったり、夏まで千葉大学に留学していた友人の参加している英語クラブで日本について紹介したりする機会がありました。また、最近は日本語を学んでいるホームステイ先の友人に漢字を教えたりもしています。友人は同じ部首を持つ感じが似たような意味を持つということに興味を持ったようでした。このような活動は日本の文化を見つめ直すきっかけにもなっています。

 写真はお好み焼き&団子パーティーの様子です。お好み焼きは以前も作ったことがあるそうでみんな好きだと言っていました。料理好きなある友人はトルコでお好み焼きソースが手に入らないことをとても残念がっていました。団子はきなこで味付けしましたが、これは好き嫌いがはっきりと分かれました。トルコの人にとって団子は甘いもののうちに入らないようです。(トルコのデザート類は基本的に激甘です。)

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・髪型

 先日友人と一緒に髪を切りに行きました。値段に幅はありますが、私の行った美容室はカットだけで10リラ(約500円)でした。渡航前に得た情報でこちらの美容室はカットがあまり上手ではないということだったので、どうなるか心配でしたがそれなりに満足する髪型になりました。

 ところで、周りの女性を見てみると髪の短い人をあまり見かけません。多くの人がセミロング、ロングにしています。一緒に住んでいる友人に聞いてみると、昔はショートカットの人も少なくなかったとのことでした。流行り廃りは勿論ですが、何か社会的な背景もあるのだろうと考えました。

 また女性は髪を染めている人もいるのですが、男性で染めている人はほぼいません。大都市のイスタンブル等ではまた事情が異なるようですが、宗教的な理由等でしないとのことでした。

・öğretmenler günü(オーレトメンレル ギュヌ=先生の日)

 11月24日は「先生の日」です。この日は、「Öğretmenler günü kutlu olsun!」(オーメンレル ギュヌ クトゥル オルスン!=先生の日おめでとう!)とあいさつし、先生に花やちょっとしたプレゼントを渡したり歌を歌ったりして楽しむのだそうです。大学でも花を持っている学生を何人も見かけました。友人の話では、この日休講になった授業もあったそうです。

 ムスタファ・ケマルが教育の大切さを訴えて、様々な改革を行ったということに由来する日だそうです。

・ウォーキング

 文学部ジェロントロジー学科の主催で毎年行われているというウォーキングに参加しました。大学から海沿いのLara(ラーラ)という地域まで約24km歩きました。こんなに長い距離を歩いたのは初めてでした。学生、先生、地域の人など大勢の人が参加して、たくさんの人と話すことができ楽しかったです。

あくでa2014.12.4-2.jpg 

・気候

 アンタルヤもようやく寒くなってきました。近くに見える山の山頂には雪が積もっています。しかし暖かいアンタルヤでは雪が降るのは山の上だけです。また、日中の日差しは強いものの風が冷たいです。1日の気温の差も大きいので、温度調節のできる格好が必要です。

 9、10月は全く雨が降りませんでしたが、今月は雨の日も何日かありました。普通の雨の時もありましたが、大体は土砂降りと雷でした。排水の設備が整っていないので道路が川のようになってしまったこともありました。また電気配線の仕方が良くないのか、私の家のあるアパルトマンでは大雨が降るとブレーカーが落ちます。最初はびっくりしましたが、もう慣れました。

・その他

 私が日本で教員免許を取得したという話をきっかけに、友人からトルコの教育システムや教員について話を聞いたことがありました。その中に少し気になった話題があります。トルコでは教員、警察、軍人、医者になると初任者は東部に派遣されるのだそうです。何故かと聞いてみると、東部は開発が遅れている、治安が良くない等の理由から誰も行きたがらないという答えが返ってきました。昨年アンタルヤを訪問した際に知り合った友人も卒業後に職業軍人になって、現在は東部で任務に就いています。東部はクルド人が多く住んでいる地域です。私自身がクルド問題に関心を持っているということもあり、話を聞いていて複雑な気持ちになりました。

 トルコの人たちの生活に触れる中でお金の使い方について考えさせられています。当然人によって所得もその使い方も異なりますが、ホームステイ先の家族や身近な友人を見ていると、パザルで服を買う(パザルで買うと種類は少ないですが破格の安さ)こともよくあります。これも人によりますが、トルコの学生は日本の学生よりも良い意味で質素という印象も受けます。
トルコは日本よりも物価が安いです。しかし現地の人と金銭感覚が同じようになってきたこともあり、買い物する時に以前よりもより慎重にお金を使うようになりました。


派遣留学月間報告書(2014年10月分)

1. 勉学の状況

授業について
 まず、先月は詳しく報告することができなかった授業の内容について触れたいと思います。

 「留学生向けのトルコ語の授業」は、文法の説明と日常で使われる会話表現の説明を織り交ぜた授業ですが、文法の説明が体系付けられていないこと、1回の授業で多くの文法事項を扱っていること、先に進めるために基本的な文法事項の説明を省略することで、トルコ語をゼロから勉強する学生にとっては、相当理解しづらくなっていると思われます。事前に勉強してから授業に臨んで、理解を深めるには良い授業だと思います。実際、一緒に授業を受けているヨーロッパからの学生はトルコに来る前にトルコ語を全く勉強しておらず、また彼らの母語である英語やフランス語、ドイツ語などの構造とトルコ語の構造が全く異なっているために、かなり苦戦している様子が見られます。また先月の報告書では、先生は英語で説明すると報告しましたが、完全に英語というわけではありません。説明とそのために使われるスライドは英語ですが、トルコ語も混ざっています。「For example~」が「Mesela(メセラ)~」、「What else?」が「Başka ?(バシュカ?)」という感じです。これらは頻繁に出てくるので、知らなくても聞いているうちに理解できると思いますが、初めはポカンとしている学生も多かったです。私は英語を勉強するための授業として捉えていると報告しましたが、それも諦め、トルコ語の単語の使い方やニュアンスを質問し、自分が勉強していてわからなかったところを解消するための場として捉えています。

 このトルコ語の授業ですが、別の曜日にトルコ語と文法や単語がよく似ているアゼルバイジャン、トルクメニスタン、カザフスタン、ウズベキスタンからの留学生を対象とした上級のトルコ語の授業が開講されており、先生の勧めで現在こちらの授業も受講しています。ここではリスニング(先生の読んだ文章を書きとる)、作文、高度な文法や表現方法について学んでいます。説明は全てトルコ語で行われます。ついていくのが大変ですが、授業の内容には満足しています。

 他の授業も本格的に始まりましたが、先生の出張が多いこと、大学院ということもあり、休講が多く、授業もかなりのんびりとした雰囲気で行われています。課題も特になく、授業がひと段落した時にチャイが出てきたりします。「教育社会学」の授業は先生の専門である「価値教育」について、主に先生が話すという形式で行われています。学生がレジュメを作成して発表したり、学生間で話し合いをしたりするということはほとんどありません。全てトルコ語で専門用語も多く含まれているので、授業中に先生の説明を聞き取り理解するのは難しいのですが、私には事前に授業の内容に関連する英語の論文を読むという課題が出されていたため、授業の大まかな内容は理解することができていると思います。

 もう1つの授業は「オスマン帝国史」の授業ですが、こちらは学生(ちなみに私以外は社会人学生という状況です)の興味関心にばらつきがあるということもあり、授業というよりも研究や読むべき文献についての相談会、雑談のようなものになっています。会話の内容は30パーセントくらいしか理解できないのですが、先生が授業の前後に20分程度、私の研究や今困っていることなどについて話をする時間を設けてフォローしてくれています。授業中や先生との会話で私の関心について話す機会が当然あるのですが、この授業を通して自分の研究についてトルコ語できちんと説明できないことに改めて気づき、大きなショックを受けました。それから自分の研究に関する単語を覚え、トルコ語で文章を作る練習などをして、説明できるように、また質問に答えられるように努めています。

トルコ語

 最近はほぼすべてのコミュニケーションをトルコ語でしています。まだ相手の話していることを完全に理解したり、こちらの言いたいことを全てうまく伝えられたりするほどの力はありません。それでも少しずつ言葉を覚えトルコ語で会話することが楽しくなってきています。

 現在の課題は、知っている単語数がまだ少ないので単語を覚えること、足りない文法事項を補うことです。課題や自分の勉強のために本を読む他、最近は自分でお題を決めてそれについてトルコ語で作文をして友達に添削してもらうということも始めました。親切に教えてくれる人ばかりなので、本当にありがたいです。

 また私は地図を眺めるのが好きで、トルコの地名から様々な単語を覚えました。

・日本でも有名なPamukkale・パムッカレ(pamuk=綿、kale=城)、綿の城という意味です。

・世界遺産のSafranbolu・サフランボル(safran=サフラン、bolu=豊かな、たくさんある)、

・南東部のDiyarbakır・ディヤルバクル(diyar=国、土地、bakır=銅)、銅の地という意味でしょうか。

・同じく南東部のHasankeyf・ハサンケイフ(Hasan=ハサンという人の名前)、keyf=機嫌)、ハサンの機嫌

 他にも面白い意味の地名がたくさんあり、意味を調べるのがとても楽しいです。トルコ語の単語にはもともとアラビア語、ペルシア語の単語も結構含まれていて、文語としてしか使われない単語もあるので覚えた単語すべてを使えるわけではありませんが。

2. 生活の状況

 先月は寮からの転居先探し、İKAMET(イキャーメット・居住許可証)の申請の手続き等で生活が落ち着かない状況が続いていましたが、10月中旬頃にはようやくİKAMETの手続きも終わり、現在は落ち着いて快適に生活することができています。私は友人の家でホームステイをしています。家賃は未定でしたが、話し合った結果毎月500リラ(日本円で2万5000円程度)を払うことになりました。ちなみに家具付きのアパートを借りると、安いところで月250リラ~だそうです。

Bayram(バイラム)

 Bayramとは、トルコ語でお祭りのことです。10/4~7のKurban Bayramı(クルバン・バイラム=犠牲祭)というイスラームのお祭りがありました。4日間のお休みは日本のお盆のような感じでした。バイラム初日は朝早くジャーミーに礼拝に行ったり(私は寝ていました)親戚で集まったりしていました。残りの日は親戚の訪問はあるものの、普通のお休みとほぼ変わらないと感じました。このバイラムでは犠牲として羊、ヤギ、牛を屠殺して親戚で分け合って食べることをするのだそうです。バイラムの間、近所で羊かヤギの鳴き声を聞きました・・・。しかし最近は自分たちで屠殺せず、スーパーや肉屋から買ってくることが多いのだそうです。近所の肉屋さんに羊丸々1頭分の肉の塊が次々と運び込まれているところも見ました。私のホームステイ先でも、スーパーで大きな羊の肉を買い、家族みんなで食べました。肉以外の内蔵も一緒に売られていて、羊のレバーを初めて食べました。独特のにおいがあるのですが、おいしかったです。

ムスタファ・ケマル

 今月はもう1つバイラムがありました。10/29のCumhuriyet Bayramı(ジュムヒュリイェット・バイラム=共和国記念日)です。1923年にムスタファ・ケマルによってトルコ共和国の建国が宣言された日です。ムスタファ・ケマルというのは、トルコの首都をイスタンブルからアンカラに移し、文字改革(アラビア文字→ラテン文字)、政教分離を行ったAtatürk(アタテュルク・トルコの父という意味)とも呼ばれる人物で、現在もトルコの人から尊敬されています。トルコにいるとあちこちで彼の肖像画を目にします。さて、学校、公共機関はバイラム前日の昼から休みになりました。前日から街の広場に特設会場ができ、コンサートが行われるなど、クルバン・バイラムに比べてかなり盛り上がっていました。また家の窓、お店、公共機関、学校、通り、バス、多くの場所でトルコ国旗とムスタファ・ケマルの肖像の描かれた旗が掲げられていました。私の家でも大きなトルコ国旗を家のベランダから吊るしました。当日の夜には有名なオーケストラのコンサートが開かれる他、みんなで大通りを歩くというイベントがあるということで、私も友達と参加する予定だったのですが、当日の朝にトルコ国内で炭鉱事故が起きた影響でほとんどのイベントが中止になってしまいました。ただ、規模は小さいながらも通りを歩くのは自主的にという形で行われていたので、参加してみました。友達は「いつもなら車が通行止めになってこの通りがいっぱいになるんだけど・・・」と不満そうでしたが、それでも歩道は国旗やムスタファ・ケマルの旗を持った人でいっぱいで、「ムスタファ・ケマル!・・・(その後は何を言っているのか聞き取れませんでした)」と掛け声を掛けながら、広場まで歩きました。日本では見られない光景だなぁということ、この日とムスタファ・ケマルがトルコの人たちにとってとても大切であるということを感じました。

トルコの人とのかかわり

 トルコの人は人と人との距離がとても近いということを感じています。おしゃべりが好きで、世話好きな人が多いような気がします。それに助けられたり、時には戸惑ったりしながら生活しています。例えば、バスの中でさりげなく席を譲る、ベビーカーを押した人が乗ってきたらさりげなく手伝ったり、他の人はバスから降りて待っていたり、ぎゅうぎゅう詰めになったバスでたった1、2人だけ降りる人がいる時、声を掛け合って降りられるようにしたり、毎回バスに乗ると必ずと言って良いほどこのようなことがあります。私もとても混雑したバスで降り損ないそうになった時に助けてもらいました。うまく表現しきれないのですが人と人の間に壁がない、温かさのようなものがあるところが良いなぁと思っています。戸惑うところは、会話の中で両親の給料や自分が買ったものの値段(航空券代、こちらで買った携帯電話、服、とにかく何でも)の値段を聞かれるなど、かなり踏み込んだ質問をされることです。トルコの人にとってこれらは普通のコミュニケーションの一環で嫌味などはないのですが、かなり戸惑いました。トルコ人に比べて日本人は人と距離感を保つのがうまいなぁとも感じます。

 トルコ語の上達もそんな彼らの強力なバックアップがあってのことだと思います。カフェでコーヒー占いをして、3時間以上おしゃべりしていたこともあれば、まだ出会って日の浅い友達が5時間近くも付きっきりでトルコ語を教えてくれたこともあります。コーヒー占いの結果の細かいところは全く理解できなかったですし、会話についていくのもやっとというのがほとんどです。それでも彼らと話すのはとても楽しい、もっとトルコ語ができるようになって彼らのことを知りたい、もっと色々なことを話してみたいと思っています。更なる上達に向けて頑張ります。

トルコのコーヒー

 コーヒー占いについて触れたので、トルコのコーヒーについても少し書きたいと思います。

 日本でも飲まれているようなタイプのコーヒーも勿論ありますが、トルココーヒーは粉ごと煮出した上澄みを飲むタイプの濃いコーヒーです。粉が沈むまで待たなければならないので、作ってもらうときに砂糖をどのくらい入れるのかを決めます。

 飲んだ後にカップを受け皿にひっくり返して冷めるのを待ちます。それからカップの中に残った粉の模様で占うのがコーヒー占いです。私も何度か友達に占ってもらいました。道やリンゴ、魚など色々なものが見えるそうですが、私にはよくわかりませんでした。興味があるので友達に占い方を聞いてみたいと思います。ちなみにヤギの形だけはなんとなくわかりました。(ちなみにヤギは頑固という意味だそうです)街のカフェには「コーヒー占いします」と看板が出ていて、占ってもらえるところもあります。

気候

 最近はだいぶ気温が下がってきました。朝晩はかなり冷えます。ただ昼間は長袖では暑いと感じる日もあります。昼間はTシャツで歩いている人もまだ多く見かけます。気温の差があるので体調管理に気をつけたいと思います。

派遣留学月間報告書(2014年9月分)

1. 勉学の状況

 9月16日から授業が始まり、2週目に入りました。私は3つの授業を履修しています。留学生向けのトルコ語学習のための授業、教育社会学、オスマン帝国史の授業です。教育社会学とオスマン帝国史の授業はまだイントロダクションしか行われておらず本格的な授業はこれからという状況です。そのため、今回の報告書では授業の内容について具体的に報告することができません。しかし、教育社会学については英語の論文を読む、オスマン帝国史についてはトルコ語で書かれた論文を読むことが次の授業までの課題として出されています。また、これらの授業は英語ではなく、トルコ語で行われるため、トルコ語を理解する必要がありますが、トルコ人の通常速度で話されるトルコ語を理解し、それに対して自分の意見を伝えることはまだ難しい状況です。先生や英語を理解できる学生が簡単な解説をしてくれることもありますが、それでは授業についていくためには不十分です。授業の内容については、来月の報告書で報告したいと思います。

 留学生向けのトルコ語の授業は、トルコ語の文法とトルコの文化を知ることを目的とした授業で、英語で行われています。トルコ語を全く知らない学生のための授業といえます。2回の授業の内容はトルコ語でのあいさつ、文法の基礎の基礎についてでした。説明と練習問題を交互に行うという形式で授業が行われています。日本でトルコ語の文法を学んでいた私にとっては既習の内容になってしまっています。しかし、英語を聞き取ったり、スライドを読んだり必要があるため、この授業はトルコ語学習のための授業ではなく、英語を勉強するための授業として捉えています。

2. 生活の状況

・住居について 
トルコに来てから3週間ほど大学内の寮に住んでいました。6人1部屋です。2段ベッドが3つ、部屋には共用の机が1つしかありませんでした。また、冷蔵庫がありますが、流し台やガスコンロはないので、寮で自炊をすることはできません。洗濯機もなく、寮内でお金を払ってお願いするか、部屋で手洗いするかというようになっていました。また、ルームメイトと生活習慣が異なり、その折り合いをつけるのが大変でした。生活リズムが昼夜正反対であったことや、周りに気を使うということがあまりないので、こちらが寝ていたり勉強していても、ルームメイトはイヤホンなしで動画を見ていたり、大声で電話をしていたりしました。また、冷蔵庫は中が仕切りで一応分けられているのですが、私の買ってきた飲み物を勝手に飲まれてしまうこともありました。寮では、自分の要求をきちんと相手に伝えることを学びました。また、寮のスタッフは英語が全く分からない人ばかりだったので、重要な手続きをする必要があるときには意思疎通を図るのにかなり苦労しました。ルームメイトは英語がわからない人ばかりだったので、英語のわかる学生を探してきて、意思疎通を図ることもしばしばありました。

 このように、寮では問題が多かったのですが、多くの友人もできたことも事実です。英語を理解できる人も勿論いるのですが、ルームメイトや友達等、私の周りには英語ができる人があまりいませんでした。そのため、ほとんどの会話をトルコ語でする必要がありました。決して意思の疎通が満足にできていたわけではありません。それでも話し相手がトルコ語を満足にできない私のために、少しゆっくり話してくれていたので、コミュニケーションを取ることができました。生活に必要な話から、日本とトルコの文化や人について、またとりとめのない話まで様々なことを話しました。トルコ語を身に付けるという点では、良い環境でもあったと思います。

 現在は寮を出て、大学からバスで10分程度のところにある友人の家でホームステイをさせてもらっています。友人とその家族のご好意でホームステイが決まりました。友人は昨年度アクデニズ大学を訪れた際に知り合った人で、現在は大学を卒業して働いています。大学在学中から現在も日本語を学んでいるということもあり、お互いに言葉を教えあったりしています。生活面のサポートを十分すぎるほどしてもらっており、とても良い環境で生活させてもらえていると感じています。

・居住許可証(İKAMET)
トルコに3か月以上居住するにはİKAMETという書類が必要です。トルコには入国管理局に当たるものがないため、警察に行ってİKAMETを取得する手続きをしますが、私たちの場合は大学側が申請に必要な書類を用意してくれて、記入後のチェックをしてくれました。それから警察へ行き、手続きを行いました。窓口で書類を提出するだけなのですが、なかなか自分の番が回ってこなくて、3時間近くも待たされました。来週再び警察へ出来上がった許可証を受け取りに行きます。トルコでは警察だけでなく、あらゆるところで手続きをする際に、一度で終わらなかったり、かなりの時間がかかったりするということがよくあります。トルコに来たばかりの頃は、戸惑っていましたが、最近はこれにも慣れつつあります。

・宗教
 トルコではイスラームが多数派で、街のあちこちにジャーミー(モスク)があります。ジャーミーからは1日5回、エザーンという礼拝の時間を告げるお知らせが流れてきます。最初は朝の5時頃に流れます。最近はもう慣れてしまいましたが、ホームステイ先のすぐそばにジャーミーがあり、よく聞こえるため、来たばかりの頃はエザーンで目覚めていました。録音の放送ではなく、その都度人が行うので毎回違ったものに聞こえることと、マイクテストをする声も聞こえてくることがあります。アラビア語なので何を言っているのかまでは理解できませんが、注意して聞いてみると面白いです。スカーフをかぶった女性もよく見かけます。

 また、日本にいると宗教を意識することはありませんが、こちらに来て、「あなたの宗教は?」と聞かれることがよくあります。トルコに居住するために必要な居住許可証の申請をするための書類にも、自分の信仰する宗教を書く欄がありました。

 10/4~7はクルバン・バイラム(犠牲祭)というイスラームのお祭りがあります。この間学校はお休みです。学生の間でもバイラムの2週間ほど前から「実家に帰る?」というようなことが話題になっていました。街中やテレビのCMでもバイラムを宣伝する広告が多く出されています。日本のお盆に近い雰囲気のような気がしますが、カレンダー上でも休日扱いになっていますし、それ以上に盛り上がりそうな気もします。昨日はİKAMETの申請のために警察に向かうバスの窓から、バイラムで使う羊、牛、ヤギが道端に集められているところを見かけました。まだこのバイラムがどんなものなのか、よく実態がつかめていないのですが、今月の報告書には間に合わないので、来月の報告書で報告させていただきたいと思います。

・交通事情
 路面電車はありますが、電車はありません。その代りに路線バスが発達しています。アルファベットと数字で路線の区別がされていますが、かなり種類が多いです。行先の表示が非常に見づらく、そのトルコ語も読むのが難しいです。バス停で待っている人に行先を伝えて、どのバスに乗ればよいのか聞くこともよくあります。ただ、これには注意が必要で、こちらの人は「わからない」ということはなく、親切にバスの番号を教えてくれ、その人に余裕があると私がバスに乗るまで一緒にいてくれるのですが、そのバスが確実かどうかの保証がないのです。その人がつぃかな情報を知らなくても教えてくれてしまうことがあります。実際に今までに2回、行きたいところとは違うところに行ってしまったことがありました。それからは複数の人に尋ねて確認するようにしています。困ってしまうのですが、それでも悪気があるわけではなく、困っている人を助けようとしてくれる気持ちからこうなってしまうようなので、なんだか憎めなくて、トルコらしいなぁとも思ってしまいます。バスは一律2リラで、距離によって料金が変わることはありません。私は乗り物酔いをしない方なのですが、運転が荒いので、酔ってしまうこともあります。

 バスと同様に自動車の運転が荒く、交通ルールも徹底されていないため、横断歩道であっても道路を横断するのはかなりの注意が必要です。慣れるまでは現地の人と一緒でないと渡るのが怖かったです。自転車に乗っている人はあまり見かけません。現地の人も、自転車は危ないから乗れないのだと話していました。

・パザルとスーパーマーケット
 街のあちこちで曜日ごとにバザール(市場のようなもの)が開かれています。食材は勿論、服や靴、食器など大概の日用品もバザールで買うことができます。食材に関してはスーパーマーケットよりも種類がずっと豊富、安くて新鮮です。日本では見かけないものもたくさんあって、見ているだけでも面白いです。小~中規模のバザールはテントを立てて行われていますが、大規模なバザールは2階建ての建物で行われていました。私の住んでいる地域では最も規模が大きく、バイラム前ということもあり、かなり混雑していました。お店の人やたまたま出会った人とおしゃべりしたりするのもパザルで買い物する楽しみになっているようです。まさに中近東という雰囲気でいっぱいの場所で、歩いているだけでもわくわくするような場所です。是非写真をお見せしたいのですが、あまりの混雑で写真を撮るのを忘れてしまいました。

・気候
 渡航直後の9月上旬は気温がとても高く、日差しも強かったです。日本のように湿度は高くないのですが、とにかく日差しが強く、日焼け止めを塗っても効果がほとんどないという状況でした。最近はだいぶ涼しくなり、日差しも和らいできました。朝夕は涼しいですが、日中は半袖でないと暑いです。空気もとても乾燥してきています。

・その他
 トルコ語が主であるとはいえ、英語も比較的通じます。英語だけでも生活するには困らないかもしれません。実際、トルコ語を勉強していると、英語を少しずつ忘れていると感じることがあります。英語を勉強して覚えたほうが、世界のどこに行ったとしても役に立つことは確かです。まだ留学が始まって1か月しか経っていませんが、英語とトルコ語のどちらに力を入れるべきか、悩んだこともありました。私の留学の目的は、トルコ語を身に付けるということと、トルコについて知るということですが、その目標を見失いかけていました。しかし、現在は自分の目標をもう一度確認することができています。また、寮で生活している時、住居についてのところでも書きましたが、学生の中には英語がわからない学生もたくさんいました。しかし、トルコ語を使うことで彼らともコミュニケーションを取ることができました。トルコ語を通して、トルコ人だけでなく、アフガニスタン、カザフスタン、ウズベキスタン、インドネシア等、様々な場所から来ている学生とも仲良くなることができました。英語は勿論大切だけれど、英語が全てではないのだ、という思いを強くしています。


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