派遣留学生からのレポート

中国・南京農業大学

学校の詳細
最終更新日:2014年4月 4日


氏名:石渡知里
園芸学部3年
南京農業大学

3月 月間報告書

 3月31日に帰国しました。帰国前は10人を超える友人が見送りに来てくれ、プレゼントをくれ、嬉しく温かい気持ちでいっぱいです。なんと当日朝に1リットルの醤油を持ってきてくれた友人がいて、(この醤油には思い入れがあるのですが)たまげてしまいました。持ち運びやすい小さなものをくれた友人ももちろんいますが、他にぬいぐるみを持ってきてくれた人もいます。日本人だったら、持って帰る人の手間にならないようにと気遣いをするものかと思いますが、中国人は時に大きく豪勢なものを送ってくれるなど、とにかく気持ちを見せてくれようとします。包装の箱も大きいです。最後まで笑わせてもらって、愉快な友人が作れて本当に良かったです。文化の違いを最後まで学べてうれしく思います。
 3月はスペインからのルームメートを始め、新学期に来た留学生の友人ができ、楽しく過ごしました。また最後に大きな旅行をし、南京駐在員としてお仕事をされている方に話を伺い、害虫採集をするなど、中国留学の総まとめをした感じがします。

1. 勉学の状況
 2月末より下学期が始まり、同級生は授業が始まりました。私は3月は授業に参加することはやめ、旅行後は土日関わらず毎日研究室に通いました。研究室はみな年上の人ばかりで、研究の様子を見ているだけでも勉強になりました。また、まだ害虫は少ないですが、15・18・30日に江浦、呉江へ研究室の仲間と昆虫採集に行き、無事ヒメトビウンカを捕まえることができました。満足な数が採れたわけではないですが、十分な数は採れたと思います。アルコールにつけ、日本に持ち帰りました。4~6人で車をチャーターし、みんなで箱を持って麦畑の中を採集したのは思い出です。帰国前は雨天が続き、帰国前日に採集することになりましたがみんな泥だらけになりながら手伝ってくれました。
 中国語の授業に参加しませんでしたが、毎日中国人と会い話をし、お別れの手紙を書いて添削してもらうなどした結果、少しずつ語学は上達したのではないかと思います。帰国前は友人や先生方から、上手になったねと褒めてもらえました。帰国後とたんに話す機会が減ってしまうので、大学で中国人の友人を増やしたり連絡を取り続けたりするなど、自身で努力をしなければいけないと感じています。
 マダガスカルやルワンダの友人とおしゃべりをする中で、彼らの通過儀式や葬式について聞く機会がありました。葬式は土葬で、5年毎に掘り出し、布を上から新たに巻き、写真をとってごちそうを食べるお祝いがあるそうで、聞いていて私は目が点になりました。友人曰く、おじいさんのおじいさんともなると布が分厚くなりかなりの大きさになるそうです(笑)また一つ、国が変われば常識が常識ではないんだなと感じることに出会いました。このような気づきを得られたことも留学した成果かなと思います。
 中国の学生以外にも、カンボジアやスペインの寮の友達が送別会をしてくれました。途中でそれぞれの国の歌を歌ったり、踊ったりしました。とても楽しかったです。日本にいるときは、一人で人前で出し物をするなど、恥ずかしくとてもできませんでしたが、留学を通して度胸がついた気がします。自分を出すということができるようになりました。
 南京に駐在している商社の方2人と、土壌浄化の会社の方にお会いし、お話を伺いました。お忙しい中お話していただいて、感謝の気持ちでいっぱいです。同級生が就活をするなか、私自身は院進学後に農業関係の仕事か教職に就くといった漠然とした考えしか持っていませんでしたが、商社の仕事や理系の専門職の話を聞き、将来の仕事に対して視野も広がりました。


2.生活の状況
 3月1日から12日まで雲南省に旅行に行きました。空港に到着する1時間前に昆明駅でテロ事件が起きました。私は事件後数日昆明に滞在しましたが、町は普段より武装警官が多く緊張した状態でした。市民生活は普段通り行われていました。
 青年旅舎(ユースホステル)で作った中国人の友人3人と、羅平、元陽に行きました。羅平は菜の花が一面に広がる場所で、元陽は棚田が有名なところです。どちらも農業に関わる地域で、ぜひ実際に見てみたいと思っていました。また日本のガイドブックに載らないようなマイナーな観光地に行ってみたかったので、行けて本当に良かったです。日本のものとは比べ物にならない規模であり、一見の価値がありました。交通の不便なところなのでタクシーやバスを乗り継いだり、2人部屋に4人で泊まったりと、学生時代にしかできないような貧乏旅をしてきました。旅の後半はベッドではなく硬座(直角の椅子)で夜間8時間移動し、麗江へ行きました。そこでも友人ができ、ナシ族や白族のおばあさんともおしゃべりをし、楽しい思い出ができました。
 3月末には、西安まで行き千葉大の中国人の友人の実家に泊めてもらい、観光に連れて行ってもらいました。中国の文化にのっとり、丁重に迎えてくれ、食事や観光費などすべて友人がもてなしてくれました。友人は私が行ったことで大変だったと思います。なんとお礼をいったらいいかわかりません。日本でお礼をしようと(本音を言えば中国的もてなしは少しプレッシャーですが)今から考えています。
 黄山にも行き、友人の家に泊めてもらい翌日山登りをしました。日本の山とはまた違った壮大な景色が広がっており、感動しました。自然の素晴らしさや中国の広大さを再認識し、またいつか中国に来ようと誓いました。


<日本に帰国して>
7か月間は私にとって丁度良い留学期間だったように思えます。語学の勉強を考えるとまだまだ滞在したいのですが、秋に虫が採れないなど、専門の勉強はあまり計画通りにできなかったためです。日本で卒業までの1年間、きちんと卒業論文を仕上げたいと思っています。
成田に到着して、全てのことばが聞き取れることにまず違和感を覚えました。次に、店員が皆笑顔で、いちいち「すみません」や「ありがとうございます」を言ってくれるなど、留学前は当たり前だったことが過剰サービスのように感じ、肩がこわばりました。静かすぎる朝のバスもなんだか怖かったです。一方で、清潔なトイレや生食できる寿司、水、規格通りのドアなどは、日本の「当たり前」が嬉しく、日本の守り愛すべき点だと思いました。今、中国の友人(留学生含む)が日本の桜を絶賛してくれています。
1週間もすればまた日本の生活に慣れ疑問もなくなってしまうと思いますが、ぜひこの留学経験を友人はじめ身の回りの人たちに伝えていきたいです。留学前から帰国まで、支えてくださった方々へ、どうもありがとうございました。

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元陽の棚田。山一面見渡す限り、ため息が出るほどの棚田が広がる。
空の青さが映り、雲海が広がり、幻想的な風景である。
どれほどの時間をかけて作られたのだろうか。

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元陽の観光客向けのお土産売り場。
少数民族(おそらくイ族)が手作りの帽子や腕輪を売っている。
女性は普段も民族衣装を着ている。

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研究室の仲間たちと。送別会の後に集合写真を撮った。
みな博士課程や修士課程の先輩たちである。

2月 月間報告書

 2月11日に旅行から戻り、毎日研究室に行っていました。春節明け10日の頃は、研究室には博士の人ばかりでしたが、春節20日を過ぎると帰省していた修士・学部生が次々と戻ってきて、大学内も賑やかになりました。南京には大学が40校ほどあり、一度に全ての学生が帰省すると交通が大変なことになるので、それぞれ学期始まりの日にちをずらしているとのことです。中国の人口の多さを感じます。
 これだけ人がいるとプライバシーも個人情報の概念も薄れるのか...実際のところはわかりませんが、ブログで自分の写真を載せたり、ネットバンクを利用したりする人の割合が日本よりずっと多いように感じます。

1. 勉学の状況

 前述のとおり南京に戻ってからは、土日も含めほぼ毎日研究室に行っています。私は今はやる実験がないので、研究室で論文を調べたり、生物学の本を読んだりしています。博士の人の研究内容を聞いたり、将来について語ったりすることもあります。大学・学科により異なりますが、南京農業大学の農学の場合は修士、博士に進む際に学費がいらず、大学から少しお金がもらえる仕組みになっています。そのため博士になる人も日本に比べ多いです。高学歴のほうがいい職に就け、お金を稼げるとのことです。電気・電信を学ぶ学生は農学を学ぶのに比べ学費も高く、大学からお金をもらうような仕組みはないとのことです。その代わり仕事についたとき、給料は農業関係の仕事に比べ高いといいます。
同じ農業を学ぶ中国人と、将来の仕事や農業の経済問題などについて話すと、中国ならではの問題が見えたり、共通点がわかったりして面白いです。
2月末には研究グループの会議があり、湖南省や広東省、江蘇省などの研究者の発表を聞きました。私の所属する研究グループは、中国政府の機関である農業部から多額の研究費が出ています。大きく5つのプロジェクトがあり、ウンカやニカメイガ(いずれも稲の害虫)の防除に関する研究を組織的に行っています。私の研究室の人は主に薬剤抵抗性を調べていますが、他に生態、DNA・RNA、天敵、代謝経路など様々な角度からの研究があります。
前学期の成績を知ることができました。中国語の成績は良く、実験の授業でも9割超のいい成績がとれました。心配していた「植物保護専門英語」は7割でした。クラスメートは60人中16人もが落として再試になっている恐ろしい授業でした。私は下駄を履かせてもらえたのでしょう。ひとまず単位を落とすことがなくてホッとしました。


2.生活の状況

 休暇を旅行で過ごした先月とは違い、部屋で中国と日本の文化に関する本を読んだり、外国人留学生とおしゃべりしたり、のんびりと過ごしています。中国語はまだまだ話せないことも多いですが、聞き取れる言葉が増え、研究室の仲間と会話をするのがとても楽しく思えます。タクシーに乗ったとき、運転手さんと話すのも面白いです。最近は日本の女の子はなぜ優しいのか、また冬に素足でスカートを履くのは本当か、寒くないのか、と言った話をしました。
中国では街の人との日常会話が面白く、もうあと一ヶ月でこういった会話ができなくなるかと思うと寂しいです。
最近また友人が増え、一緒に買い物をしたり食べ歩きをしたりしました。日本語学科の日本人の先生のお宅にもお邪魔し、ご飯をいただきました。また、春節から帰ってきた友人たちの寮に遊びにいき、実家からそれぞれ持ち寄ったお土産をいただいておしゃべりしました。杜甫の詩を日本語やそれぞれの方言で読む遊びをしたのですが、とても興味深く面白かったです。
春節15日目は元宵節といって、汤圆という団子の中に餡が入った食べ物を食べました。実験室の中で研究室の仲間と食べたのですが、このような風景は日本と似ていると思いました。夜は夫子庙という南京の観光地に行き、有名な提灯を見てきました。南京の元宵節の提灯は有名で、5万人もが訪れたと聞きました。
日本人会と学生の交流会にも参加し、日本語を学ぶ中国人や、日系企業の方、都道府県の観光を扱う職員の方などと話すことができ、勉強になりました。

残り一ヶ月となりましたが、気を引き締めて最後まで過ごそうと思います。

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南京の市場の様子。一般の中国人はスーパーにも行くが、市場に行く人もいる。これは美味しいか?と店の人とのやりとりが面白い。

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南京夫子庙の元宵祭の夜。
明かりがたくさん灯り綺麗だった。


1月 月間報告書

                    

※<はじめに>冬休みに入り授業も少ないため、今回のレポートは私自身が旅先で面白いと感じたことや出来事を中心に書かせていただきます。長くなりすみません。授業内容については少しだけ記述します。

 期末テストが終わり、冬休みに入りました。成都、九寨溝、天門、武漢、大連、ハルビンと様々な都市を訪れ、また友人宅に泊めていただいたり一緒に旅行したりして、中国についての理解を深めることができたと思います。方言の差が大きく全く聞き取れないことや、普通語でも方言の影響で発音に特徴があるなど非常に面白かったです。チベット族の方と出会ったときは笑顔が共通語だと感じました。チベットについては日本で報道されるわずかな知識しかありませんでしたが、漢族とうまく混ざって住んでいる地域があることも知り、中国の広大さと奥深さ、歴史を学ぶことの重要さ、百聞は一見に如かずというのを痛感しました。

 ニュースでは日本について聞かない日はないくらい靖国問題や安倍総理の行動について報道されています。中国人と食事に行くと、かなりの割合で日本との戦争や関係について話題が出ます。「私たち民間はとても友好的だ、日本人はとても礼儀正しく素晴らしいが、日本政府が嫌いだ」「中国人は戦争したいと思っていないと帰国したら伝えてくれ」といった関係性の改善を求めるものから、「あなたは南京大虐殺について知っているか」「靖国神社はどんなところか」といった日本人の中国に対する見解を求めるものまで様々です。留学したばかりの私はこういった話題に遠慮がちで、避けていた部分がありますが、今は中国人の人柄を理解しはじめ慣れたこともあり、自分も疑問に思っていることをぶつけてみたり、意見を聞いたりしています。ときには反日教育や中国の良い点、悪い点について、大陸人の香港や台湾の認識について、日本の問題について話すこともあります。私が出会う多くの中国人は、日本を真っ向から否定するような人はおらず、ネット情報や日本に行ったことのある人からの話を聞いて、メディア・教育と実際の様子に違いがあることは認知している模様です。学生同士だと、真剣に疑問点や将来を話し、違いを認識し面白いです。仕事もしている大人だと、私が理解するかは問題ではなく、酒を飲んでは政治や国の将来について仲間と討論するのを楽しんでいるように感じます。

 一度ハルビンのタクシーで反日の運転手に出会い、日本の製品は買わないだとか、残留孤児は我々が救ったんだとか色々話されたことがありました。残念なことに私は理解できる語学力がなく、彼は私が聞き取れないことが分かってからも、一緒に旅する中国人の友人にひたすら話続けていました。彼は日本嫌いなことや愛国者だと言うことを自慢したかったように私は感じます。友人はうんざりした様子で「日本人だと言わない方が良かった」などと疲れていました。前に運転手が出会った日本人は「私には関係ない話だからやめてくれ」と言っていたそうですが、私は関係ないとは思いません。天門の友人宅では、親戚の人が日本軍から逃げた話、殴られた話を少しだけ聞きました。天門の方は日本に留学したこともあり親日ですが、このように心の傷は深く残るものだと感じました。

 中国は町を歩いていても見た目では日本人だと気づかれない、数ある国の中では特殊な国だと思います。そんななかでも日本を強く意識することはあり、自分の意見を求められることもありその点は欧米と同じかもしれません。私も様々な点で自分の無知さと学ぶことの大切さに気づかされる毎日です。語学力がないと話せませんが、私自身中国では近代歴史について勉強すること、漢文や歴史の知識があることで、人と話をしたり旅行したりするのがぐっと面白くなると思っています。

1. 勉学の状況

 私は1月13日に最後のテストが終わり、冬休みに入りました。取っていた授業は「園芸学通論(聴講)」「昆虫と健康(レポート提出)」「農業昆虫学実験(毎回スケッチ、終了済)」のため、「中国語(会話、聞き取り、総合)」の3つのテストと「植物保護専門英語」のテストを受けました。成績はまだ受け取っていませんが、中国語は初級レベルのため問題なく通りました。自由会話が少し難しい程度で、家族や中国の生活について話すものでした。植物保護専門英語は、授業で昆虫学と植物病学の2冊の英語の本を読みましたが、電子辞書以外は持ち込み可でその内容全てから出題されました。200人ほどの学生が一つの部屋に集まり受けました。大門は英語の単語を中国語にするもの、英語に英語で回答するもの、英語の文章を中国語に翻訳するものでした。私の中国語の翻訳はそれはひどいものでしたが、研究室の先生の授業だったため下駄を履かせてくれるとのことです。それでも6割を切ると落とすようですがあまり自信はありません。中国人は驚くほどTOFLEの点が高い人がちらほらいますが、苦手な人は苦手なようです。問題数が多く時間が足りなくて、クラスの多くが単位を落としたとのことでした。(友人は92%得点していました...!)特筆すべきは試験時間の自由さで、日本では試験終了とともに筆をおかねばなりませんが、学生は粘る粘る、驚きました。このテストしか受けていないので他はわかりませんが、日本語能力試験のアルバイトを日本でしたときの外国人の様子を思い出し、日本人は本当に規律正しいと感じました。

 私は友人と勉強したり一緒にカンペを作ったりそれなりに勉強しました。テスト期間は中国人学生の多くが図書館に朝6時から列をつくり5階建の図書館の席も全て埋まり、勉強する姿勢には目を見張るものがありました。目の前に対する集中力は見習うばかりです。一晩室内にいて日をみないと言っていました。3年生前期で植物保護学院は7科目程度試験があるそうで、学生は3週間ほど前から勉強するとのことです。友人曰く中国人は平均の成績がいいそうです。というのもクラスで総合成績が1番、5番程度までになると奨学金がもらえるとのことで、1番だとその額も日本円で7万円程度です。学校によっても異なるそうですが、中国で7万円あったら何ができる!?と思わず考えてしまいました。クラス単位のためもらえる人は割といるとのことです。また本当に成績がいいと、留学へ行けたり、大学院に推薦で入れたりといった制度もあります。こういった制度も勉強する原動力なのだなと感じました。ちなみに友人は以前1番を取ったことがあり、両親に家計の足しではなく自分で好きに使うように言われたため、SONYの一眼レフを買い、残りはクラスに寄付をしたと言っていました。補足すると、中国は寮やクラスの行事が多く友人同士仲が良いです。寄付により貧乏な学生は減額でクラス旅行などが行われるとのことです。

2.生活の状況

 テストも終わり、1月15日から18日に杭州および鳥鎮へ友人と旅行に行きました。白蛇伝と関連する観光地をサイクリングで回り、面白かったです。鳥鎮は東側は古い町並みが残っておりきれいな街でした。「10年後にはこの古い建物はないかな」などと口にすると、友人は「5年後にはもうない」と言います。中国が今どれだけ発達しているか、政府がどれほど観光地に手を入れているか、住民に新しい家へ移るよう勧めているかがわかりました。中国は経済発展がすごいというと、多くの友人は「GDPなんてあてにならない、中国人がどれだけいると思っているか」「まだまだ中国は途上国だ、農村はひどい」と言っています。日本がかつて公害で苦しんだこと、伝統の良さ・大切さは失ってからわかること、文革によって得たものやなくなったものなどを話ました。

 21日から2月11日まで南京を離れ、成都(21-24日)九寨溝、松藩、江油(25-29日)天門(30-1日)武漢(1日)大連(2-3日)ハルビン(4-6日)大連(7-11日)と旅をしました。一人で行ったところもあれば、青年旅舎でできた友達と行った場所、研究室の先輩と行った場所、友人宅に泊めてもらったところもあります。成都では日本人と会い語り、生き方について考える機会をいただきました。旅している中国人から新疆などガイドブックに載らない美しい場所を教わったり、チベット大学の友人と知り合い様子を聞いたり、寝台列車でおじさんに旅行本を見せて日本について語ったり、旅先で様々な方と出会い、忘れられない素敵な日々を過ごすことができました。九寨溝では帰りの飛行機がなくなり、先輩と一般人の車を拾って絶景の中9時間移動するというハプニングもありました。

 天門の家ではガスや水道もありますが、場所により外のトイレ、薪でご飯を作る、えさを食べる牛を眺めるなど農村の生活を味わわせてもらいました。中国の農村を見たかった私にとっては嬉しい体験でした。都市部では爆竹は禁止されていますが、農村は関係ないので爆竹をし孔明灯を飛ばし、中国人にとって一番大切な行事である春節を一緒に過ごさせていただきました。新年明けたときは土砂降りのように爆竹が鳴り響き、びっくりしました。夜中に何度も目覚め(笑)新年に対する日本と中国の文化の違いを体感しました。

 ハルビンや大連では日本統治時代の面影を見ることができ、友人とかつて日本人が暮らした住宅街を見に行きました。大連のお母さんには本当によくしていただきました。中国はお客さんをもてなす文化で、ごちそうになったり帽子や靴をプレゼントしていただいたりしました。また日本より人と人の心理的・物理的距離はずっと近いです。「自分の子どもと同じなんだから、遠慮しないで過ごしな!」というような話をされ優しさに泣きそうになりました。餃子を一緒に作ったり、髪の毛を洗ってもらったり(風邪をひくので北方の人は2日に一回程度しかシャワーは浴びません、そのかわり一週間に一度日本で言う公共浴場に行きます。私は最初髪だけ器用に洗うことができませんでした)、店の人に垢すりをしてもらったり、家の料理で出てきた蚕のさなぎを食べたり、中国人の家庭でその文化を体験させていただきました。人々の温かさに感謝の気持ちでいっぱいです。必ず恩返しをしたいと思います。

 日本ではいつも人に迷惑をかけないようにと常に意識し、気を遣ったり笑顔でいたり、たまに息苦しくなっているように今の私は感じます。人によりますが、友人を見るとびっくりするほど人を頼ったり、頼まれたときはそこまでするかというくらい世話をやいたりしています。みな日本人は礼儀正しく素晴らしいと言います。中国と比較し、日本はマナーや清潔さを筆頭にいい部分がたくさんありますが、もっと人を頼ってもいいのではないか、人間関係が希薄すぎるのではないかと思いました。

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数年後にはなくなってしまうであろう、鳥鎮の古い町並み。

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ハルビンの有名な雪まつりに行った。気温は零下28度である。

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漢族とチベット族が住む街、松藩。春節前に爆竹を売る男の子。

月間報告書12月

                    

 1月2週目からは期末テストが始まるため忙しくしています。12月はたくさん勉強し、出かけて充実していました。蘇州市吴江区の植物保護施設へ見学、友人宅へホームステイ、南京の植物工場見学などを行いました。

 中国の最大の行事は春節であり、元旦は日本のように特別な雰囲気はありません。カンボジアの友人と食べ放題に行き、友人宅で餃子を一緒につくり年越ししましたが、31日も研究室、2日も授業があるため年末年始の感覚は全くありませんでした。

 クリスマスイブは中国では平安夜といいます。苹果(リンゴ)と発音が似ているためリンゴを送りあうことが流行っており、私も友人に送り、もらいました。日本のふじりんごはやはり知名度が高いです。たくさん売られ価格も少しあがったのを見て、マーケティンングについても考えさせられました。日本の花業界はフラワーバレンタインを推しているのに対し、中国では国際婦人デーや教師節など花が売れる機会があります。

 中国は男女平等と言いますが、女性が贈り物をもらう行事がたくさんあり女性が優遇され大事にされているように感じます。男性が料理をする地域も多く、男友達から餃子や包子づくりを教えてもらいました。日本人女性の多くは、中国の女性が羨ましく思うのではないかと思います。

 最近、安倍総理の靖国参拝などで日中関係が悪化しています。中国人の友人は私に過去の戦争についてどう考えているか意見を求めてきたり、靖国神社がどのような場所なのか聞かれたりする機会もあります。私もこのような友人には遠慮なく中国の教育制度や人々の政治に対する意見、中国の社会問題、戦争への意見などを尋ねており、お互い本音で話ができ良いです。親日な人もそうでない人も冷静に自国について分析し批判もしており、日本の報道から見る中国人とは違うと私は感じます。いつも最後には、お互いに思いをぶつけ誤解をなくし理解を深め、友好を築いていこうという話になります。南京人は相変わらず日本人だというと優しく接してくれます。

1. 勉学の状況

 先月までとは違い、よく研究室に行くようになりました。日本の研究室から送ってもらった本を読んだり、論文を読んだり自分なりに専門の勉強をしています。また、実験に使う虫(ヒメトビウンカ)がまだ野外で採集できないため、研究室で先輩が飼育している個体をいただき、DNAの抽出及び電気泳動、濃度測定、シークエンスの手法を手取り足取り教えてもらいました。日本でもこれらの手法は学んだことがありますが、中国で先輩が1対1で中国語や英語を交えて教えてくれ、専門と語学の勉強になりとても有意義な時間を過ごせました。先輩も自分の勉強や授業があるにも関わらず、これほど私に時間を割いてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいです。昆虫研究室がある植物保護学院の建物は2年前に建てられたばかりで、実験装置も新しく設備が整っています。濃度測定器やクリーンベンチは日本のものより新しくとても早く実験ができました。シークエンスに関しては、千葉大の私の研究室では各自で行っていますが、ここでは費用が安いことから会社に送って結果を出してもらっているとのことでした。会社に出す前に大腸菌に採取したDNAを組み込むのですが、その作業もなかなか時間がかかるので、各自で行うのとあまり手間は変わらないように感じました。

 中国の院の仕組みは日本と異なっていて、Masterの学位を取らずにPh.D.を取得することが可能です。Masterの学位をとるためには、多くの人が全国共通の院試を受けなければならないそうです。理系であれば内容は政治、英語、数学、専門といった形です。政治で毛沢東の理念などを答える点が中国だなぁと感じます。

 語学に関しては、日常会話であればあまり問題はなくなってきましたが、授業となるとさっぱりわからないこともあり悔しいです。1月から期末テストが始まるため頑張って勉強したいと思います。中国の学生は人によりますが、本当によく勉強しています。暖房があるため、8時開門の図書館に6時から並び場所取りをする友人もいます。ある友人は、いつも図書館で勉強しているため、遊びに行く報告やサッカーをした話をすると両親が喜ぶそうです。

 大学内ではTOEFLの高得点保持者に出くわすことが多く、海外留学など勉強や将来に対し意識の高い学生の多さに驚いています。彼らの姿勢からは学ぶ点も多いです。


2.生活の状況

 中国人のお宅に遊びに行かせていただく機会があり4軒のお宅を拝見ました。1軒は賃貸で、家族3人で職場のそばに住まわれています。2軒目は賃貸で、キッチンとトイレは共同、3人でルームシェアをして友人と住んでいます。3軒目も賃貸ですが、ドアの中でさらに3部屋にわかれており、他人とキッチンとトイレを共同で使っているそうです。説明が難しいですが、中国の賃貸ではこのようにキッチンとトイレが共同の場合が多く、日本人の一人暮らしとはイメージするものが異なります。4軒目は購入したマンションで、日本のマンションと同じような感じでした。

 私が中国の農業施設を見学したいと言ったことがきっかけで、研究室の先生から卒業生Aさんへと連絡していただき、吴江区の植物保護の施設(日本の農業試験場のような施設)と農地を見学させてもらいました。冬場なので水稲はありませんが、温室栽培をしているチンゲンサイや水菜を見ることができました。また省がモデル農場として建てた大規模経営の農場もあり、驚きました。2日目には同里という観光地を案内していただき本当に楽しかったです。中国の農業分野や昆虫学で有名な先生の話を聞くことができました。また、蘇州も観光して帰りたいという私の要望から、Aさんの計らいで、蘇州区の植物保護施設で働いているBさんの実家へ急遽泊めていただくことになりました。Bさんは植物検疫の法律のテストが控えていたにも関わらず、夜は市内案内をしてくださいました。Bさんの両親は突然転がり込んだ日本人の私に対し本当に優しく温かく接してくださり、感謝の気持ちでいっぱいです。Bさんの両親は中国語しか話せず、私はたくさんお礼や話をしたいのに会話ができないことが悲しく、もっと中国語が話せるようになりたいと強く思いました。

 今回初めて一人旅をし、旅先で中国人と友達になったり、Bさん宅で電気バイクの後ろに乗せてもらったり、バスを乗り間違えてお世話になったり、一人で高速鉄道に乗ったりと貴重な体験をたくさんすることができました。本当は研究室の先輩が付いてきてくれる予定だったためとても心配されましたが、このスリリングな体験は忘れることができません。中国には山到车前必有路(困難にぶつかっても必ず前には解決の道がある)という言葉がありますが、様々な方に助けられ無事楽しく過ごせたことに感謝しています。

 他にも千葉大学の卒業生で植物工場を経営されている方とお会いし、朱先生と一緒に南京の植物工場の見学をさせていただいたり、日本人会の方と中国人の方と養豚場の見学をさせていただいたり、友人と昆虫(バッタ、サソリ、ムカデ)を食べたりしました。農学を学んでいる者として本当に貴重な体験をさせていただきました。

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南京の植物工場。きのこの栽培は日本では見学したことがなかったため興味深かった。中国は依然として食の安全が求められているため、植物工場の農作物は売れると期待できるだろう。

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大学が主催した留学生向けのクリスマス&ニューイヤーパーティー。パキスタンやアフリカの留学生の発表や箸で豆をつかむゲームなどもあり、キリスト教徒以外にも少し配慮された内容だったように思う。
写真はベトナムの友人と。


月間報告書11月

 3か月目のレポートです。私は7か月間の留学のため、もうすぐ留学生活の半分を終えることになります。半分が過ぎてしまうということと、外国人の友人から「だいたい3か月で言葉に慣れてわかってくる」と言われていたこと、この2つのことから私は3か月過ぎることに怯えていました。私は初めて外国で長く生活しますが、大体3か月で全てに慣れると思いました。予定を入れて忙しく過ごさないと毎日が早く過ぎてしまうので、自分から積極的に動いていかなければと感じています。

 最近は夜に零下になることも多いですが、湿度がないためか日本より寒いと思いません。ただしこれからもっと寒くなってくるので注意が必要です。揚子江の北側は、大学の建物にはエアコンもしくはスチーム暖房が装備してあるようですが、南京農業大学の中国人寮はエアコンがないため本当にかわいそうです。私も彼らから防寒術を学び、日本ではやったことがないですがスパッツとズボンを重ねて履いています。こちらのズボンは裏地があり、とても暖かく快適です。

 空気がここ数週間、とくに12月4日・5日はニュースで報道するほどとても悪いです。この2日間は町でもちらほらとマスクをしている人を見かけます。晴れているのに太陽がかすんでいる状態を初めて見ました。また、11月下旬からiPhoneのアプリをダウンロートして空気の状態をチェックするようになりました。口呼吸ではのどが痛くなるときがあるため、鼻呼吸をすることに慣れました。毎晩鼻をかむと埃を吸っているのがよくわかります。今までは大気汚染はあるもののあまり気にならないほどでしたが、この2日間は怖いと感じました。

1.勉学の状況

 中国語の授業は簡単で、いつもあまり勉強しなくても良い点がとれますが、ちょっと難しい構文が増えてきました。先生に直接わからないことを聞けることに関しては良いです。もっと勉強したいですが、南京農業大学は中国語を学ぶには環境が良くありません。中国語は2クラスあるのですが、今年度は授業で主として漢字を使うかピンインを使うかの違いであり、どちらも同じレベルで進んでいる模様です。南京師範大学や南京大学は留学生も多く、語学のクラスがかなり充実していますが、南京農業大学は修士以上の留学生ばかりで語学のクラスが少なすぎます。中国は日本のように細かい気遣いはないですが、言えば大体どうにかしてくれると私は感じており、一度語学のクラスに関して国際留学課に話をしましたが、もうクラスが始まってしまっているためどうしようもないようでした。後期の3月~7月には高レベルになっていくようです。もし南京農業大に今後来る人がいれば、交渉するなら最初に言うべきだと助言します。私のいるクラスは日本人が6人おり、日本で少なからず中国語を学んでいるためみな簡単に感じています。仕方がないので私は日本から持ってきた本を使い、中国人に尋ねながら自学しています。

 多くの学生は中間テストの時期ですが、私は運よく中間テストがある授業を取っていませんでした。実験観察及びスケッチをする授業は半期集中のため終了し、いい成績を収めることができました。日本ではあまり害虫観察をする機会がなかったため、それぞれの農業害虫について標本を見て観察できて勉強になりました。

 研究室には下旬は積極的に行くように心掛けました。というのも、こちらの指導教官A先生は研究テーマを与えてくれましたが、忙しく実際の指導は若いB先生に任せており、B先生が私と同じような研究テーマをやっているC先生を紹介してくれたのですが......。

 私は言葉もあまりできないうえ専門知識もない学生で、かなり荷物になっていると感じてしまい(実際にそう)、結局どの先生に相談していいのかもわからず、前半は研究室から遠ざかってしまっていました。今はそのことをとても反省しています。このままではいけないと思い、自分で先生を尋ね歩き、研究室の先輩に相談し、関連論文を教えてもらったり、プライマーデザインの方法やPCR、解析の方法について教えてもらったりすることになりました。

 人に負担をかけるのはこちらでは当たり前で、おそらくこちらから積極的に語りかけていかないと、相手から声をかけてくれることは少ないです。自分から語りかければ先生も好意的に接してくれます。信頼関係が築ければ、とても気遣い優しくしてくれます。今度は研究室の先生の知人を訪ね、蘇州の農家を見学に行く予定です。

①先生から使わせてもらえると思っていたサンプルが、もうすでに別の人が使用しており、他のサンプルは全て飼育虫であり実際の実験データとして使えない。

②サンプルがないので野外に虫を採りに行きたいが、時期が遅すぎてもう対象虫(ヒメトビウンカ)がいない。このように重大な問題点が多々ありますが、日本から関連本も送っていただきましたし、こちらでできることを見つけて勉強していこうと思っています。

 当たり前のことですが、研究で留学される方には、事前に日本と留学先の先生と十分すぎるほど話を詰めておく、自分でテーマを日本から持ち込んでいくなど事前の準備が大切だと思います。また、日本で得られる知識は学んでいくべきです。私自身も留学時期には大変悩みましたので、今留学したことに後悔はないですが、日本できること・日本語で学んだら楽なものを、留学中に苦労して学んでいるときがあり、時間を無駄にしてしまっていると感じることもあります。学部3年生は院生とも違い、日本でも中国でも微妙な時期で難しいとは思いますが...今後留学される方のため、また自身への反省も含め記しておきます。

2.生活の状況

 寒くなってきたため、服を買いました。お店でおばちゃんと値引き交渉をするのが楽しいです。中国は食べ物は安いですが、服は大体日本より少し安いか同じくらいの物価であり、買うときは悩みます。おそらく中国の人が買い物するときはもっと慎重に選んでいると思います。学生は店で買う人もいますが、ネットで安く買う人もいて様々です。

 日用品を買い物後寮までの道を歩いていると、「トイレットペーパーいくらだったの」「18元」「あっちの店でも同じだったわ!私は近い方で買うわ」などと話しかけられ、日本の「おばちゃん」のイメージとの共通部分を感じ面白いなと思います。また道をよく尋ねられるのですが、簡単な会話では日本人だとばれないことが増え、一人嬉しくなっています。

 中国は基本的にパーソナルスペースが狭いです。女の子も腕を組んで仲良く歩いています。日本と比較して、カップルで歩いている学生も多く、学内でいちゃいちゃしている様子も見受けられます。学生はみな寮生活で、多い部屋は6人部屋生活など、プライバシーがなく大変なことも多いそうですが、仕事をするようになって学生時代が楽しかったと回顧する人もいます。裕福な友達は大学のそばに部屋を借りて生活している人もいますが、日本のように完全に一人ではなく、シェアハウスの形態のようです。次回遊びに行かせてもらう予定でいます。

 農村旅行社団という日本でいうサークルのようなものに入り、月末に江蘇省と安徽省の境目あたりにある、石塘人家へ1泊2日の旅行へ行きました。日本人一人で参加し、たくさんの中国人の友人と交流でき楽しかったです。日本のガイドブックには載らないようなマイナーな地ですが、鶏が歩いていたり茶畑が広がっていたり、南京とは違う風景に出会えて、また一つ中国の広大さを感じることができました。2日目は南京西部へ移動し、水着を買ってみんなで温泉に入りました。こちらに来てからは毎日シャワーだったので、お風呂に入ることができとても嬉しかったです。夜は中国人の友達と語り、一人っ子で親の期待を一身に受けており辛いこと、本当は違うことを学びたいが、現状はうまくいかず辛いことなどを聞きました。また、別の友人からは将来は海外へ留学したいためTOFLEを頑張っている話なども聞きました。

 また12月頭がルームメートの誕生日だったため、日本食をつくりパーティーをしました。南京では味噌を飼うのが難しく、朱先生からいただいた味噌で味噌汁をつくり、そのほかカレーとおでんと肉じゃがを作りました。みんな喜んでくれましたが、外国人には味噌汁は不評なようです。中国の友人たちがケーキを買ってきてくれ、カンボジア、ベトナム、ルワンダの友達も集まり楽しい会になりました。それぞれの国家を歌うなど、まさに国際交流をしたなと思いました。

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農村旅行協会のみんなと、粉丝(米の麺)づくりの見学をした。
他にもたくさんの場所を訪れたがとても楽しかった。

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ルームメートの誕生会。様々な国の友人が集まり、楽しい会となった。
日本食もつくり、みんなに喜んでもらえた。

月間報告書10月

 南京はだんだん寒くなってきました。朝晩13℃前後といったところでしょうか。10月最後の週は毎日寒かったですが、11月頭からは割と温かい日が続いています。11月2日に上海に行ったのですが、上海は温かく内陸と沿岸の差を体感しました。PM2.5の濃度が南京も高くなっているようですが、よくわかりません。上海と比べたら空気自体はきれいだと感じます。街中建設ラッシュで何かしらの建物を建てているため、その埃が目立ちます。来年の夏は南京で青年オリンピックが開かれ、新しく地下鉄が2本開通するそうです。街から1時間ほどバスで移動すればだだっ広い敷地が現れることもあり、中国の経済発展の速さと市場の大きさ、まだまだ発展の余地がたくさんあることなどにただただ驚いています。

 日本人会の方と知り合い、度々イベントに参加するようにもなりました。学生生活をただ過ごしていただけでは出会えないような方に会えたり場所に行けたりして、刺激的な日々を過ごしています。また留学仲間のレポートを度々読み、活を入れています。
 上海から帰省後、突然熱が出て翌日からおなかを壊し、一週間ほど何もできませんでした。健康の大切さを海外で改めて感じました。

1. 勉学の状況

 「昆虫基因組学(昆虫遺伝子学)」には参加してみましたが、先生の中国語及び英語をあまり理解できず、基礎知識もないため、pptをいただいて自学することにしました。中国では割と簡単に先生が学生に対してpptをコピーさせてくれます。指導教官の先生から、日本と中国に関係するヒメトビウンカについて、遺伝子を使って解析するテーマをいただきましたが、すでに日本で研究されている可能性があり、ネットで論文を調べているところです。
 私は受講していませんが「農業昆虫鑑定」という授業があり、学生は1人8目35科以上の昆虫をとって標本にして提出することになっています。半学期の集中の授業で、学生は3人1班になって土日や放課後虫を採りに出かけ、夜はクラスみんなで実験室に集まり種を判定し標本にします。みんな「虫採りは楽しいけど分類は面倒!」と言っていましたが、楽しく実践的な技術が身につく授業です。私も虫採りと標本作りに1度ずつ参加させてもらいました。1人100匹以上は採っていて、持っていない科があると友達と交換交渉をします。面白いです。

 中国の院(学部に相当)は、日本よりも細かく分かれており専門性は高いです。授業の質も全体的に高く、他学院の教養の授業であってもここまで教えるのかと驚くこともあります。ただ単位を取るための楽な授業も中には存在します。学部生は日本とは違い研究はしないようです。私は園芸学院と植物保護学院の授業に出ていますが、園芸学科で学んだ内容は主にこの2つの学院の内容だと感じています。植物保護学院のクラスメートは植物の病気や昆虫について詳しいです。今度友人に今まで学んだものを見せてもらい、日本との違いを確認したいです。

 中国の学生は人により差はありますが本当によく勉強します。前述の授業の課題でも、クラスみんなが教室に集まって、夜7時~9時半頃まで課題をやっていました。図書館に行くと、日本では許されないですが水筒や筆箱を置いて場所取りをしています。席は1日通してほぼ埋まっています。放課後もサークルのような活動があり、例えば「日本角(日本語コーナー)」では週に1度2時間くらい日本語で会話をする活動をしています。私も暇があれば参加し交流しています。日本語を教えてあげたり、そこで中国語を教わったり勉強になります。先日は英語のレクチャーもあり、夜8時から9時半までレクチャーを聞いたこともありました。学生みな大学に住んでいるため、活動も活発です。

2.生活の状況

 カンボジアの友人たちの誕生日がつづき、一緒にご飯を食べてお祝いしました。中国人の仲がいい友達の誕生日には、南京で一番有名な南京料理のお店に行きました。マフラーと折鶴にコメントを書いて渡したらとても喜んでくれて、箱に入れて大切に保管するとまで言ってもらいこちらが嬉しくなりました。

 南京市の文化交流のイベントでは、貸衣装屋の面白い和服を着て、日本のアピールをしてきました。子どもたちに折り紙を教えたり、日本酒を振舞ったり、一緒に写真を撮ったりしました。1日・2日には大学の運動会が開かれ、国際教育学院の一員としてアフリカ人の友達の走りを見守りましたが、中国人の鍛え抜かれたランナーの方が速く驚きました。

 2日は園芸学部卒業の朱先生に上海の農業科学院に連れて行っていただく予定が、先方の都合が合わず観光になりました。またしても朱先生が観光地を案内してくださり、楽しく過ごすことができました。朱先生には本当に良くして頂いてばかりいて、言葉では言い表せないほどの思いでいっぱいです。先生はかつて日本にくる前に1日200単語ほど日本語の勉強をしたそうで、脱帽します。大先輩の背を追いかけ頑張ります。

 日本人会では、就活セミナーやその他イベントを開いていただいています。そこで日本の大企業の方や国家公務員の方、南京で商売されている方と出会いました。ぜひ南京滞在中にお話しを聞き、将来についても考えたいと思っています。先日は南京市にある日中友好柔道場の見学をしました。草の根文化無償資金協力の一環で作られた施設で、子どもから大人、ナショナルチームの女子代表の方も練習していました。

 冒頭にも書きましたが、食あたりか何かわかりませんが体調を崩しました。風邪の症状はなく1日の熱と4~5日の下痢症状があり、今は回復しています。体調を崩している間は何もする気が起きず、寝てTVを見てばかりいました。食べ物も受け付けず、徐々に良くなってからは2日ほどおかゆなど胃に優しいものを食べました。カンボジア人がご飯を、ベトナム人がジンジャーティーを作ってくれ、ルームメートが買い物してくれ、パキスタン人が果物やヨーグルトをくれ、中国人が薬をくれ、様々な方に助けていただき至れり尽くせりで、人の温かさとありがたみをつくづく感じました。

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明孝陵にクラスの友達と虫捕りに行った。10月下旬でもまだ蝶が飛んでいた。
散歩中のおじさんが「南農大の学生か!」と喜んで写真を撮ってくれた。

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草の根文化無償資金協力の一環として作られた柔道場。たくさんの子供たちが柔道を習っていた。

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上海の外白渡河にて。たくさんのカップルがいる!
中国では外で結婚記念写真を撮るのが人気だ。南京の観光地でも度々見かける。


月間報告書9月その2

 生活に慣れ、時間がはやく経つようになってきました。授業は1コマ45分で、2コマ続きのものが多いです。実験は通常3コマ、4コマです。午前は1限(8:00)~5限(12:15)、午後は6限(14:00)~9限(17:25)、夜は10限(19:00)~12限(21:25)という時間割になっています。中国は昼寝の習慣があり昼休みが長く、学生は昼に宿舎に戻って寝る人もいます。大学内に大きな宿舎が10棟以上あり、ほぼ全員が寮生活をしています。男子は6人一部屋であり、女子は4人一部屋です。シャワーは別棟であり、学生カードの支払い(先月記述)1元で3分ほどお湯が出るとのことです。浴槽がないあたりが日本との違いで面白いと思います。中国人の友達に千葉大の寮には湯船があることを教えると驚いていました。
 
 パキスタンの友人から「日本は子どもの病気を減らすための治療や薬の提供をしてくれる。真の友達だ」、ベトナムの友人から「私たちの国では日本から習った技術で麺を作っている、日本の電化製品は素晴らしい」、マダガスカル人から「僕たちはみんな日本人が好きだ」などと言われ、日本人であることを自覚し誇りに思うと同時に、イメージを壊さないよう礼儀正しく良いことをしなければと感じています。
  
1.勉学の状況

 私は金曜日の3-4限と月~金の7-8限に中国語の授業があります。まだ始まったばかりということもあり、聴解の授業以外は1年半中国語を勉強した私には簡単です。授業にはラオスやモンゴル出身の人もいて、彼らは初めて中国語を勉強するため漢字を書くことに苦労している様子です。授業中に英語や中国語を交えて教えてあげることもあります。専門科目は聴講を含めて「昆虫と健康」「農業昆虫学実験」「植物保護専門英語」「園芸学通論」を取ることにしました。「昆虫ゲノム学」という英語で行われる授業も取るつもりです。授業の形式は日本と似ており、教授の話を一方的に聞くものが多いです。「植物保護専門英語」は、英語のテキストをひたすら読んでいます。授業の最初に研究室の先生から生徒の前で紹介されてしまい、出席し続けることになりました。ただでさえ中国語ができないのに、中国語で難しい専門英語を勉強するというつらい状況に陥っています。周りの友達は優しく助けてくれるので、この不思議な状況を頑張って乗り越えようと思います。

 留学生はみな同じ宿舎に住んでいるため、友達は簡単にできます。トルクメニスタンやマダガスカル、ベトナム、カンボジア、ルワンダなどたくさんの国の友達ができました。特にアフリカの友達はTeaching languageが英語であることが多く、十分に話すことができます。彼らから良く英語を教わっています。中国人の友達にはいつも発音を確認してもらっています。中国語は声調が異なると意味が変わってしまうため、発音は重要です。現在私はnとngの発音の違いが聞き取れず、発話も度々間違えますが、いつも友達から「中国人でも方言の影響でできない人がいるから大丈夫」と励まされます。きれいに話せるようになりたいです。

 研究室へは授業や用事が多く週に2回ほどしか行けていませんが、中国語の授業から研究室での作業へと徐々にシフトしていければと考えています。

2.生活の状況

 9月19~21日は「中秋節(月見)」、10月1~7日は中国の「国慶節」で連休のため、南京市内のたくさんの観光地に出かけました。南京は見るところがたくさんありますが、ガイドブックに載るような主要な観光地は一か月で全てまわりました。連休の2日間は、園芸学部でPh.Dを取得された朱先生が観光地を案内し中国の近代史を説明してくださり、とても楽しく勉強になりました。南京はかつての首都であり、歴史的建造物も数多くあるうえ町中にポプラの街路樹が植えられていてとてもきれいです。秋晴れが多く、一年で最も良い季節かもしれません。宮崎大学のルームメイトと中国人の友達と学食に行ったり、観光に行ったり、毎日違う人と会うほど友達に恵まれ嬉しい限りです。外国人の友達も優しく、つい最近はベトナムの友達が料理を作ってごちそうしてくれました。アフリカの友人は人によってはすぐ甘い言葉をささやいてくるので文化の違いを体感しています。日本人女性は様々な国の人から温和で可愛らしいという印象を抱かれています。耳にしてはいましたが、中国、アフリカ、東アジアの友人たちから別々の機会にそういった話を聞きました。賢く明るく親切なやまとなでしこになれるよう努力したいものです。

<侵華日軍南京大屠殺遇難同胞記念館へ行って>

 10月5日に南京大虐殺の博物館に行きました。日本人として南京に来たからには必ず行かなければと思っており、ルームメイトと二人だけで行きました。個人のブログやインターネットで日本にいるときに得た知識から、被害を誇張されているのではないかという偏見を抱いていましたが、実際は300000人の数字こそ大きく書かれてはいますが、史実の記述と未来への前向きな言葉が書かれている印象でした。日本軍の行った残虐な行為はこれまで具体的に知りませんでしたが、数々の写真と証言、外国人の記述や展示を見て衝撃を受けました。子どもに読み聞かせている母親もおり、戦争について加害者側としての立場に立たされとても考えさせられました。展示を見る限りでは日本軍が残虐な行為を行ったことが見受けられます。日本側の主張や、中国が写真を捏造しているのではないかという説、実際は民間人にまぎれた中国人が非人道的行動を行っていたのではないかという説など様々な論争があることを知ったうえで見ると、何を信じていいのかはわかりません。事実はわかりませんし双方の言い分もありますが、大量の軍人が死んだことや民間人が巻き込まれたことは事実でしょう。展示のなかには「許すことはできても、忘れてはいけない」「恨みからは何も生まれない」といったものも見受けられ共感しました。南京で暮らすにあたり、これらの歴史や中国人の思いを心に刻んで過ごしたいと思います。

 中国人の日本語学科の友人の「私の両親は日本語を勉強することをあまりよく思っていません。でも歴史は歴史ですね。」という言葉、ベトナムの友人の「過ぎたことであなたが反省することではない。平和のため努力していこう。」と言われたこと、両親や日本の友人から「南京に行って反日感情は大丈夫なのか、心配だ。」と言われたことを反芻しました。同時に81歳のおばあちゃんと仲良くなり、日本人と知ったときのちょっとびっくりしたような顔や、飯店のおじちゃんおばちゃんの笑顔が繰り返し浮かびました。政治的な側面で日中関係はあまりよくないですが、平和を願っています。

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新入生歓迎の催しに留学生代表としてステージに立ち、国旗を振り「I love南農大」という歌を歌った。和服は中国の民族服貸衣装屋でレンタルしたのだが、帯の代わりに背中に座布団のようなものをつける仕組みで笑ってしまった。

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大学の敷地内の道路。並木道がとてもきれいである。街中もこんな感じ。

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南京大虐殺紀念館内の展示の一つ。「大虐殺が行われ、南京市内では略奪が行われていた。日本国民には偽りの内容が伝えられていた。」と書かれていた。

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南京大虐殺紀念館の外側。日本の広島のような場所なのかなと感じた。

月間報告書9月その1

                                                    
園芸学部・石渡知里
 9月5日に南京に着き、1週間が経ちました。初日は園芸学部でPh.Dを取得した朱先生が迎えに来てくださり、夕飯をごちそうになりました。朱先生や国際教育課の先生、留学生寮のボランティアの学生や日本語学科の学生など、あらゆる人に助けていただきながら新入生に必要な手続きをしています。こちらの学生証は、銀行と連動しており、銀行口座からお金をチャージすることができます。この学生証で、食堂や寮費、インターネット料金の支払い、生協での買い物をすることができます。大学内にはたくさんATMのようなものがあり、とても便利です。食堂では1食5~10元あれば満足に食べられ、大学外の店でも複数人で行けば25元程度で中華料理のコースのような食事が食べられます。インターネットは学籍番号とパスワードが必要で、1時間0.3元で使うことができます。  南京農業大学はとても小さいと学生みんなが口をそろえて言いますが、大体西千葉キャンパスくらいの広さだと思います。私は2日で場所を覚えることができました。慣れたら他の大学にも行ってみたいと思っています。

1.勉学の状況
 私は昆虫の研究室にお世話になりますが、私の中国語がつたないためほぼ英語での会話です。英語は日常生活や希望を伝えるのには不足していませんが、専門の話になると意思疎通が怪しくなります。まだ研究室で作業はしていませんが、はじめのうちはDr.の先輩が私に色々教えてくださり、慣れたら研究を行っていいという話です。
 授業はまだ決めていません。先日「日本文化史」の授業を聴講しましたが、新幹線や万葉仮名、温泉、日本三景、宮崎駿、お金(硬貨やお札の人、30代一般サラリーマンの収入、一般家庭の出費、大学の学費)など、詳しい内容を説明しており大変驚きました。日本語学科ではないのに、アニメやドラマが好きで日本語を勉強した人もいて、日本語に触れる機会は結構あります。
 とにかく今は中国語を勉強したい思いでいっぱいです。聞くと気軽に教えてくれますが、日本人にとっては書きながら学ばないとなかなか覚えられません(笑)毎晩、聞いた単語の復習をしています。

2.生活の状況
 生活にはすぐ慣れました。天候も日本とほぼ変わりません。中国はトイレの紙は流せませんが、大学内のトイレは毎日掃除されていて綺麗だと思います。土地柄日本嫌いの人がいるのではないかと少し不安でしたが、今のところみんな優しく「日本から来た」というと笑顔で返してくれます。「何か問題があったら連絡してね」と言ってくれます。
 留学生寮はパキスタンやスーダン、パプアニューギニアなど日本ではあまり見ない国の人が多く住んでいます。私は今一人ですが来週宮崎大学の人が来て相部屋になります。
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留学生寮の部屋の様子。テレビとタンス、シャワー、トイレ、洗面台がある。Nanjin2013.9.12-2.jpg
新入生の軍事訓練。初日だからか、日本の朝礼のような感じがした。


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